住民が手作りする公教育4

3章 住民が徹底的に参加する公立学校

 

前章でご説明したように、レキシントン町の小学校では、応募した候補者を校長と保護者代表が一緒に面接し、話し合いのうえで雇用する教師を決めます。

それだけでも十分驚きですが、教師だけでなく校長を決める過程にも保護者が加わるというのです。

この町の公立学校の構造はどうなっているのでしょうか?

図式で説明すると、任命のシステムはこのようになっています。

Lexpublic

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住民が手作りする公教育3

2章 学業での達成よりも不思議な謎

 

20代にイギリスに何度か住み、スイス、フランス、ドイツなどをひとり旅したことがある私は、いろいろな国で差別された経験があります。

イギリスでは電車で日本人とおしゃべりしているときに見知らぬ男性から「ここはイギリスだから、英語で話せ!」と怒鳴られましたし、夜道で「チンク(中国人に対する蔑称)!」と呼ばれて数人の男性に追いかけられたこともあります。お店で私の順番なのに無視されたこともあります。ヨーロッパでの一人旅の途中でじろじろ見られたり失礼な扱いも受けました。香港に住んでいたときには、別の意味でイギリスよりも不愉快な思いを何度もしました。

夫の両親が住んでいるニューヨーク市近郊の町ではそういった差別は受けませんでしたが、裕福な白人が多いせいか「腫れ物を触るような」優しさを感じ、気楽につき合える友だちを作るのは難しいと感じました。

ですから私は、レキシントン町でもある程度の差別はあると予期していたのです。

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住民が手作りする公教育

まえがき

 

日本の学校で「いじめ」や「子どもへの性的虐待」のような不祥事が起きると、必ずと言ってよいほど同じ反応が起こります。

不祥事を起こした当人、管理責任がある校長、それを管理する教育委員会を、マスコミと国民が一致して非難し、糾弾します。「なんて不道徳な人間たちなのか!」、「こんな人間がいるなんて恥ずかしい」、「刑罰を与えるべきだ」という声がソーシャルメディアに溢れます。

けれども、何度も同じような事件がくり返し起こることをみると、根本的な問題は何も改善されていないのではないでしょうか?

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「犠牲者」にならないための護身トレーニング

二年ほど前に娘がニューヨーク市にある大学に行きたいと言ったとき、私のリアクションは、「だって、危ないじゃない!」というものでした。けれども、娘は、「ニューヨーク市は、最近とても安全になっているのよ」と平然としたものです。

ニューヨーク市に住んでいたことがある夫の対応は、もっと冷静で実用的なものでした。

「田舎であろうが、都会であろうが、一人暮らしの若い女性への危険は存在する。親がその危険からずっと守ってやることは不可能なのだから、危険をいかに回避するのか、危険に遭遇したときにどう対応するのか、それを教えてやることのほうが重要だ」と言い、護身クラスを受けることを大学進学の条件にしました。

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私がいちばん嫌いな表現…

のひとつは、「最近の若者は…」で始まる若者批判です。

「最近の若者は礼儀を知らない」、「最近の若者は勉強ができない」、「最近の若者はやる気がない」…

どの時代もそうだったので、特に変わりはないわけですが、それを別にしても私はこの表現がすごく嫌いです。その理由はこのようなものです。

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Walk the Walkの続編

高校生の娘が「日本語の読める同級生が読むから私のことをネタにしないでくれ」と言うのであんまり書かないようにしていますが、「あれ以降どうなっているのだろう?」と思っている方がいらっしゃるようですから、一応近況を。

娘は水泳チームを辞めました。

最初の現象は水泳仲間と気が合わなくなったことでした。娘は文学、音楽、政治、哲学に興味を持ち、高校の友人とはそういう話題で盛り上がるのに、別の学校から集まっている水泳チームの仲間は、「水泳かそこにいない者のゴシップ、または『ゴシップガール』とか『OC』といったくだらないテレビドラマのゴシップだけ」にしか興味がありません。そこで仲間の前で無口になりました。また、1日2時間程度を共有する車の中でナボコフの「ロリータ」を読んでいたところ、彼女より1年から3年年上の仲間たちの誰ひとりとしてこの本のことを知らず、質問されたので内容を説明したら「なんて変な本を読んでいるの!」とさげすみの目で見られたとのことでした。「そういうあの子たちが観ているのが『ゴシップガール』なんだから」と娘はフラストレーションをためていました。

次は競泳者としての素地です。毎年ニューイングランド地方の年齢別水泳記録の上位10人を招く「Top Ten Banquet」というお祝いの会があり、娘も8歳のときからずっと招待されてきました。その会では毎年オリンピック選手が招待されて講演するのですが、娘はそれらを聞いて「私もあの人たちのようにメダルを取りたい!」と思うことはなく、かえって「オリンピックに行ってメダルを取ったあとの彼らの人生はあまり魅力的ではない」と感じることのほうが多かったようです。

そういう素地があったうえに、高校生になって精神的に別の方向に成長し、水泳の特訓と学校の勉強はするけれどそれ以外のことに好奇心を抱かない仲間との隔たりがあっという間に広がったようです。娘は「1秒速く泳いだところで自分の人生で何の意味があるのか?」と疑問を口にするようになりました。

同時に音楽にもっと興味を抱くようになり、「Jazzもやりたい」と言い出したのが昨年6月のこと。吹奏楽団で演奏しているフレンチホルンはJazzの楽器ではないので、トロンボーンを選択し、6月末に学校から楽器を借りて夏の間練習し、9月に高校のJazzバンドのオーディションを受けたところ、まったく予期していなかった難関のJazz Ensembleに受かってしまいました。吹奏楽でホルンも続けていますし、演劇の舞台技術にも手を出し、水泳との両立はほぼ不可能になってきました。

中学生までの彼女があたりまえのように予期していた将来は、先輩たちのように「水泳を利用してより良い大学に行く」というパターンでした。けれども、彼女は「水泳がもう楽しくなくなってしまった」、「大学では水泳はしない」、そして「音楽の練習をしたいから、水泳チームをやめたい」と言い出しました。

長年にわたってチームの親たちから「水泳をしていなければ、わが子はこの大学には合格できなかった」という話を山ほど聞いてきた夫は、最初「せっかくここまでやってきたのに」と渋っていましたが、私が「あなたが彼女の年齢のときに大学入学のために嫌になったことを続けた?」とたずねると即座に考え直し、全面的に彼女の選択を応援することにしました。

それからまだ1年も経っていないのに、水泳の世界は遠い昔のことに思えます。昔のチーム仲間のお母さんたちから、「うちの長女はブラウン大学に入学が決まりました。練習場に大学のスカウトがよくきていて、次女はメールを沢山受け取っています。スカウトが解禁になる来月には直接コンタクトが来ると思います」と聞かされても、「この世界であれこれ悩まずに済む私はなんて幸運なのだろう」と感じるだけなのが、正直言ってとっても嬉しいところです。

水泳を辞めたおかげで娘の睡眠時間は増えたし、機嫌は良いし、学校であった面白いことを沢山話してくれるし、高校の友人やJazzの仲間には興味深い子が多いし、学校生活を100%謳歌している娘を見ていると、わが子に選択を任せることの重要さを実感します。娘も、「水泳は他に選択がないと思いこんで続けてきたものだけれど、Jazzは私がやりたくて選んだこと。だから努力するし、上達するのだ」と威張っています。

とはいえ、いつも彼女のアイディアを即座に受け入れるというわけではありません。

高校に入学したときに「水泳で時間がないから吹奏楽をやめる」と言い出した娘に、「レキシントン高校の音楽部門は全国から羨まれるほど。私が知っている卒業生が口をそろえて『これほど楽しいことはなかった』と言っているから、とりあえず1年やってみなさい。それで嫌ならやめればいい」としつこく勧めたのは私です。今ごろになって娘は「マミーは正しかった」と感謝しています。どこで押してどこで引くか、というのは常に難しい選択です。わが子をどれだけ知っているかにかかっているような気がします。

以下は娘が属しているJazz Ensemble(計17人で構成される、いわゆるビッグバンドです)の演奏サンプルです。

このバンドは、今年2月にニューヨーク市で催されたCharles Mingus High School Jazz Band Competition という高校ジャズバンドのコンペティションで多くの芸術専門高校を破り、2位になりました。その新聞記事。吹奏楽部門ディレクターのレナード氏は、技術よりもフィーリングを大切にし、ユーモアたっぷりで子供たちの自発的なやる気を育てるタイプの指導者です。それが私が娘に「音楽を続けろ」と勧めた理由のひとつです。

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