何のためにスポーツをするのか(その1)

14歳の娘の水泳のために、マサチューセッツ工科大学とマサチューセッツ海洋アカデミーのプールでこの週末を過ごしたら、頭痛と発熱で半日ダウン。ふだんまったく風邪をひかないのだが、プールで数時間過ごすたびに免疫力が落ちて具合が悪くなる。長時間人混みの中で座っているのが良くないのかもしれない。

それはともかく、今回は水泳ペアレントとしての約8年間の経験から、「何のためにスポーツをするのか」ということについて少しばかり語りたい。

学業でもスポーツでも、スタートが早ければ早いほどよいと思っている親が多い。幼いときからスタートしないと才能を発揮するチャンスを逃してしまうという思いこみも珍しくはない。親が一生懸命にお金と時間をかけてやれば、子供の才能を抽出し、(ないときには)創りあげることができるという信念があるからこそ、多くの親が早期教育にお金と時間を費やすのである。

すでにお金と時間を投資してしまっている方には申し訳ないが、私の8年間の観察からは、才能のある子は幼いときから始めなくても才能を発揮するし、ない者は(ある程度才能を伸ばすことができても)決してオリンピック選手や国際的数学者には育たない。親の重要な役割は、子供の才能を最大限に引き延ばすことではなく、シビアな環境で子供が自分を見失わず健全に成長するように手助けすることである。これは、私自身が何度も悩み、苦しんだ結果学んだことなのである。

私の娘は、6歳のときにクラスメイトに誘われて隣町にある水泳クラブの水泳教室に入った。私は競泳の世界のことをまったく知らなかったので、待合室にいるチームメイトの親たちの熱意にたじたじとした。「このチームのコーチはオリンピック選手を6人、銀メダリストを2人育てたから安心しているわ」、「期待して来たのに、練習を見ていると、フリースタイルばかりさせてちっともバタフライを教えてくれないのには失望したわ」という会話があたりまえのように交わされていた。娘が7歳になったとき、水泳教室のコーチから「お嬢さんは競泳者に適した性格で、技術と体力も準備できたので、チームのほうに移ることをおすすめします」と言われた。けれども、深刻な表情で、「チームに入るのであれば、水泳ペアレントとしてコミットメントをする必要があります。よく考えてから結論を出してください」と言われたときには、思わず吹き出してしまいそうになった。たった7歳の子の水泳にコミットメントなんて大げさすぎる……。

けれども、このコミットメントは決して大げさな表現ではなかったのである。そのころピアノ、フィギュアスケート、サッカーをやっていた娘は、それらを辞めたくもないし、友達と遊ぶ時間も欲しい。けれども練習をサボると、親だけでなく子供までもコーチからガンガン叱られる。タイムが良くなり、年齢も上がるにつれて、チームからの要求はどんどん厳しくなってきた。まず最初に諦めることになったのはサッカーで、次はピアノ、そしてなんとか続けていたフィギュアスケートも小学校5年生でやめることになり、残ったのは学校の吹奏楽団でのフレンチホルンくらいだった。連休や夏休みでも家族旅行に行くことが許されない。それでも、「水泳が一番好きだから」と練習に行くことを楽しんでいた娘だが、12歳でトップクラスの選手たちが属しているレベルに引き上げられてから、状況が一転した。夜の練習から戻るのが9時近いのに、朝練習のために午前4時20分に起床しなければならない。濡れた髪のまま中学校に行くのは、年頃の女の子にとっては苦痛なことだ。何よりも、起きている時間はすべて宿題と勉強に費やすことになるので、まったく友達と遊ぶ時間がない。特に、銀メダリストを育てたというオーナーコーチが彼女の指導をするようになって、娘の口数がだんだん少なくなってきた。まず、これまでうまくいっていたストロークを完璧に変えるように要求され、変えたとたんタイムがのびなくなってしまった。努力してもタイムが上がらない選手に対して、このコーチは全員の前で屈辱を与える。それで「なにくそ」と努力する子供もいるのだろうが、私の娘にはまったく合わないスタイルである。だが、こういうことが起こっていること自体、私はまったくしらなかったのだ。というのは、秘密主義のコーチが親たちを練習から閉め出し、選手たちに「親は心配性で水泳の邪魔をするだけだから何も話してはならない」と命じてきたからである。このチームしか知らない私は、「水泳チームとはどこもこんなものだろう」と思っていた。

今年の4月、長水路シーズンが始まってたった数日しか経っていないある日、練習から戻ってきた娘が「もうこのチームには戻らない」と宣言した。この日初めて、私たちは娘からいろいろな事実を教えられた。「チームを辞める」と決意して初めてコーチの呪縛を解くことができたようなのだ。そのなかには、無意味なしごきとしか言えない練習で全員が泣きながら泳いだこととか、「努力が足りない」と一番トップのレベルから幼い子供のグループに移して練習させたこととか、3時間にわたる練習中にトイレに行くことを許されないためにプールの中で排尿することを強いられたこと、女子選手の写真と体重をつけた表を見せ、「Aがあと30ポンド減らしたら、国体選手になれる。Bがあと20ポンド減らしたら、オリンピック選考会の出場権を得られる」などと話し、「Cはこのチームを辞めて別のチームに移ってから太ってしまい、タイムも著しく遅くなった」などと全員の前で侮辱することなどだった。

「チームを辞める」という宣言に引き続き、娘は、「水泳が楽しくなくなった。速くなりたいという情熱もなくなった」と打ち明けた。6歳のときから13歳まで7年過ごし、ボランティアとして手助けしたチームにはそれなりの思い入れもある。既に払い込んでいた二十万円ほどのチーム費と遠征旅行の頭金は戻ってこないと分かっていたが、私たちは即座にチームを辞めることを認めた。問題は、水泳が生活の重要な部分になっている彼女がこれから何をするのか、ということだった。

娘は、「友達との社交を許されるようなチームでそこそこ泳げばそれでいい」と言う。ところが、それにぴったりのチームを訪問し、練習に参加したところ、あまり気がすすまない様子なのだ。結局、娘が「どうしても行きたい」と選んだのは、車で片道1時間以上かかる遠距離にあるチームだった。

そこは、若いチームだがコーチの人柄と才能に惹かれて全米トップクラスの選手が集まり、これまで属していたチームよりも練習が激しいことで知られている。1日に10マイル(16km)泳がされることもあるという噂を聞いていた。それに、毎日放課後3時間を車の中で過ごすなんて正気の沙汰ではない。トライアウトで参加した練習は、噂どおりに厳しかった。生まれて初めてスニーカーを履いて泳ぎ、なかなか前に進めなくて四苦八苦していたのに、約15km泳ぎ終えてプールから上がってきた彼女は、満面の笑顔を浮かべて私にこう言ったのである。「I feel I belong here (私、このチームの一員だって感じる)」。

3時間かかる車の中で宿題をこなし、午後9時半に家に戻ってからまた勉強をする、という生活をする娘を持つ私のことを、クレイジーな水泳ペアレントだと思う人もいるようだが、私が彼女をこれほど遠いチームに通わせているのは、彼女がハッピーだからである。新しいチームには、オリンピック選考会出場資格を持っている選手が18人もいて、シニアレベルでは娘は一番遅い選手のひとりである。これまでのチームならリレー選手の1人だったのに、現在のチームでは二度とそのチャンスはやってこないかもしれない。でも、彼女は、このチームに移ってからものすごく明るくなった。というよりも、元々の彼女の性格に戻ったというほうが正しいだろう。親はいつでも練習を眺めることができるし、コーチはオープンで、練習は厳しくても選手の笑いが絶えない。その結果、娘は練習を楽しみ、戻ってくるとチームでの出来事を話してくれる。

チームを移るまでは毎日胃の痛む思いをしたが、結果的には得るところが大きな出来事だった。「嫌な雰囲気に耐えるか水泳を辞めるかの2つの選択しかない。どちらも嫌だ」と思いこんで落ち込んでいた娘は、私たち両親に相談することで悪い状況を良い状況に変えることが可能なのだと知った。それは、私たちの信頼関係にとって大きなプラスだった。「どんなに絶望的な状況に見えても、必ず何か解決策はある。だから、これからどんなことがあっても、隠したりしないで、相談して欲しい。もちろん聞いた直後には、『何やってんのよ!』と怒鳴りつけるかもしれないけれど、それはただのリアクションで、ちゃんと冷静に解決策を一緒に見つけてあげるから」という私の言葉を、娘はちゃんと信じてくれたようだ。

昨日水泳大会のあとで娘にこう言った。「あなたはオリンピックに行くために水泳を頑張っているんじゃなくて、楽しいからやっている。私たちは、あなたが水泳を楽しむのを観て幸福感を得ることができる。それが私たちにとっては一番大切なこと」。すると彼女は、私の首に腕をまわしてぎゅっと抱きしめ、「ありがとう。I love you, Mommy」と答えてくれた。

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