高齢者白人男性候補2人を覆す勢いを持つエリザベス・ウォーレン – アメリカ大統領選挙レポート

Screen Shot 2019-09-08 at 4.54.12 PM9月8日土曜日、大統領選のバトルグラウンドとして知られるニューハンプシャー州のマンチェスター市で州の民主党大会が行われ、19人の大統領候補がスピーチを行った。この大会で明らかになった民主党の現状を別のコラムに書いたが、指名候補争いについても転換の始まりを感じた。

大統領候補19人に加え、民主党全国大会委員長、ニューハンプシャー州選出の上院議員、その他の民主党議員など約40人が壇上に立つこの党大会は、午前7時会場で午後4時すぎまで続いた。いったん会場内に入ったら食事などで外に出ることは許されず、長期戦になる。候補にとってスピーチの順番は非常に重要だ。

ニューハンプシャー州の民主党首脳陣は、公平さを保つために、まず主要候補をアルファベット順で紹介することに決めたようだ。そして、その間に他のスピーカーを挟むという方法だ。だが、前回のコラムでも書いたように、世論調査でトップ10位に入っていない候補が最初のグループに含まれていて、世論調査でも支援者の数でもトップ10に入り、有力候補とみなされているアンドリュー・ヤングは大会最後のスピーカーだった。ヤングが壇上に立ったときには、大部分の出席者が会場を去っていた。

このような不備はあったものの、候補者全員に、支持者が路上や会場前でにぎやかにPRをし、会場内のブースで政策を説明する平等な機会が与えられていた。

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下半身デブだって、前向きなのだぞ

ソーシャルメディアで見かけた、「下半身太りと決別する8つの秘策」という記事を読んでひとこと書きたくなりました。

その記事の前置きにこうあります

上半身は華奢なのに、下半身がどっしり立派な日本人特有の洋ナシ体型。実は体質だけではなく、よかれと思って続けるトレーニングや生活習慣、心に沈殿するマイナス感情も下半身肥大を助長させる要因に。すっきりシュッとした下半身を取り戻すための、目からウロコの秘策をボディ作りのプロフェッショナルが指南します。

「心に沈殿するマイナス感情が下半身肥大を増長」

とか

怒りを溜め込む人は、肝臓や胆のうが弱く脚の外側が張りやすく、考えすぎる真面目な人や欲求不満の人は胃や腸の調子を崩し、脚の前側が太くなる。」

とか

どこにそんなデータがあるんでしょうか?

そんな決めつけ、すんごく失礼だと思うのですが。

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2015年あけましておめでとうございます。

2014年も、忙しく、楽しく、嬉しい年でした。

何よりも、以前からの素晴らしい人間関係と、新しい出会いに恵まれたことに感謝しています。

この場を借りて、お世話になった皆様に心からお礼申し上げます。

2015年もどうぞよろしくお願いいたします。

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25年目の婚約指輪

アメリカはまだ大晦日ですが、日本では新年ですね。

昨夜、膝を骨折して一人で留守番をしている友人Rの家に夕食を持って行き、二人きりでゆっくりお喋りしてきました。

「一緒にレストランに行こう」と誘われたのですが、すでに家族に早めの夕食を作った後なので、それとワインを1本持って行ったのです。

友人は、フルタイムで働いているうえに、ご主人と子供二人、親兄弟、親戚にいつも頼られていて、自分の時間がまったくない女性です。怪我をしているとはいえ、何もしなくていい夜が嬉しいようです。私も仕事に追われて家にこもっていることが多いので、こうして出かけるのは久しぶりです。

ワインをグラスに注いで「それで最近どう?」という話を始めたところ、彼女が左手を差し出しました。

薬指には大きなダイヤモンドの指輪が光っています。

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新年あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

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人間でも大変な山の頂上に巣を作って、海から登ってゆく南極のペンギンたち

昨年は、みなさまに支えられ、人との繋がりのありがたさを実感した1年でした。

また、いろいろな面で子供時代からの夢がかなった年でもありました。

5歳のときから読み始めた『少年少女世界の名作文学』で読書と海外文学の虜になった私にとって、大好きな本の数々をご紹介できる『ジャンル別 洋書ベスト500』を書くことは、胸躍る体験でした。 私を信じて全面的に選択を任せてくださったコスモピア社の方々には、言い尽くせないほど感謝をしております。

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極めていないけれど飽きっぽい私がおおいに同感する本、『極めるひとほどあきっぽい』

私はよく受ける質問に「渡辺さんの職業はいったい何ですか?」というのがある。

簡単そうで、とても難しい。なぜかというと、いろんなことをやっているし、それぞれあんまり極めていないからである。日本ではよく「あきっぽい」と非難された。「嫌な場所でも、もっと我慢して長く続けるべきだ」と忠言してくれる人もいた。

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子どもが心理的な暴力を受けない権利を無視しないでほしい(オリジナル)。

肉体的なことに関して、たとえば大学のスポーツ部でよくある「シゴキ」に近い特訓を9歳児に与えたとし、「9歳にはキツすぎたかもしれない。けれども、それを乗り越えられたのだから役に立ったのだ。だから、すべての小学生からその機会を奪う大人は間違っている。与えるべきではないか」と主張したら「何を言っているのだ?」と叩かれるだろう。

少なくとも、疑問に思う人のほうが多い筈だ。

その子によっては、乗り越えて逞しくなる機会かもしれないが、成長に合わない特訓は、身体を壊してしまう。つまり肉体的なトラウマになる。

だが、肉体的なことではなく、情緒や心理に大きな影響を与えるビジュアルや文章の情報については、日本人は非常に無頓着だと思う。


いま、「はだしのゲン」が話題になっている。

私はその背後の情報をよく知らないので、それについては意見はない。その固有の問題とは切り離して次の意見を聞いてほしい。

このブログ記事がSNSで話題になっている。意味が分からない子どもに読ませても、結果的に考えるきっかけを与える「良い逸話」として。

だが、私はあえて異論を提供したい。

レイテ・テルゲマイヤーの場合には、わが子をよく知り「彼女なら大丈夫」と判断した親が与え、ショックを受けた後、フォローすることができた。だが、心理的に成熟しておらず、脆弱で、しかも誰のフォローもない小学生が強制的に同様のショッキングな内容の漫画や小説読ませられたり、映画を見せられたとしたらどうだろう?

心理的に過敏すぎた私のような子は、毎日悪夢を見たに違いない。戦争がどんな意味を持つかも知らずに。

大人になって久しいみなさんはお忘れかもしれないが、小学校低学年では、まだ単純なコンセプトしか理解できない。「戦争は残酷なことだから、大きくなったら外交手段を重視しよう」なんて思わない。「歴史から学ぶことは素晴らしい!」などとも思わない。大人が勝手に「与えて良かった。与えた私は非常に社会的認識がある」と自己満足にひたるだけだ。

小学校低学年で戦争のコンセプトはよく理解できないが、恐怖は理解できる。子どもが残酷に殺される場面があれば、それは心に焼き付く。痛みも感じる。過敏な子は、それを自分に起こったことのようにトラウマとして記憶する。性的な場面もそうだ。

追記:日経BP社の柳瀬博一さんが「私が言いたかったのは、これだ!」という素敵な文章を書いておられますので、許可を得てご紹介させていただきます。ぜひお読みください

私には、それに似たトラウマがある。

50を超えたいまだにひきずっている心理的なトラウマだ。

成長の役に立ったなんて、ちっとも思わない。それを考えると、いまだにとてつもない憤りを覚える。

私は洋書の読書指導をごく少数の子どもだけでやっているが、先日そのひとりで中学生になったばかりの子が「好奇心にかられてLord of the
Fliesを読んだけれど、怖いだけで、何を言いたいのかよく分からなかった」と語った。天賦の才能がある子なのだが、それでも情緒的には中学生の「子ども」なのである。

そこで内容に触れつつ、「高校生になってから読むと、『ああ、
これはこういうことが言いたかったんだな。でも私はこう思うな』という部分が出て来るよ」という会話を交わした。

どの年齢でも差別なく読ませれば、よい
結果が出るというわけではない。

身体に良い食べ物でも、生まれたばかりの赤ん坊に食べさせたら毒のものは多い。それは、情報も同じである。なぜ、それが理解されないのか?

 

日本ではよく「表現の自由」とごっちゃにされるからだ。

そこで、ヒステリー状態になる。

それはまったく違う。これは「表現の自由」の問題ではない。

私は表現の自由を信じる。アーティストは自由に自分の信じることを表現することが許されるべきだ。

しかし、私は「選ぶ権利」も信じる。選ぶ権利には「見ない、読まない権利」も含まれるべきだ。アメリカ合衆国憲法が保証する信教の自由に、「宗教を信じない自由」も含まれているように。

では、どうすればいいのか?

「読む、観る権利」を保証するために、作品へのアクセスは禁じない(ここの部分を読み落としている人が多いので、再び強調しておく。だがそれは、すべての作品をすべての図書館に置いて公開しなければならないという意味ではない)。

性的虐待などのシーンがある、児童に不適切と判断されたものは子どもに暴露してはならない。日本では無知で混同している人が多いとわかったので説明するが、それは『児童虐待』である。アメリカでは、児童に成人向けの性的/暴力コンテンツを見せるのは、 犯罪とみなされている。また、これまでの研究で、それらにさらすことが深いトラウマを与えると証明されている)。

だが、わが子をよく知っている親や、多くの異なる子どもを教えなければならない学校が選ぶときに参考にできるような情報と基準を作り、それを公開するべきである。

子ども、教師、親は詳しい情報を元に、「読む」「観る」ことを選択できるようにする。

決して、全員に押し付けないこと。

 

そう思って、『ジャンル別 洋書ベスト500』では「適正年齢」の情報を載せた。完璧からはほど遠いが、今後手を加えて行くことで、より良くなってゆくだろうと思う。

次は先日私がこれに関して書いたツイートとリプライである。

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もうひとつ私たちがやらねばならないことは、感情的にならず、相手を勘ぐらず、陰謀説に踊らされず、相手をまず信じて恊働することである。そのときに、相手を凹ますジャブはやめよう。(ジャブを返さないようにしようと提言したが、徹底的に甘えている人には返させていただくことにした。)

 

律子ロビンソンさんとキャンディ・ミユキさんと、気仙沼市の縁

気仙沼市のアンカーコーヒーで偶然お会いした律子ロビンソンさんは、実は、すでに間接的に繋がっていた方だったのでした。

気仙沼市と「縁」について、律子さんの言葉をそのままご紹介させていただきます。

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小野寺家のお母様のご実家は、私の実家と隣でした。

やっちさん(こちらの記事をお読みください)のお母さま(通称:かよちゃん)と私は10歳以上も離れていますが、幼少の頃はとてもお世話になりました。
今回の帰省で初めてかよちゃんご家族(旦那様とやっちさんのお姉様とやっちさんのお嫁さん)とランチをして幼少の頃の話題で盛り上がりました。
(多分、かよちゃんと最後に会ったのは40年以上も前だったのではないでしょうか?)気仙沼には高校の時までしか住んでいなかったので。

ですから、やっちさんも紀子さんもお会いするのは今回が初めてでした。

20
年以上も前ですが、私がミネソタ州で経営していた旅行会社でアメリカ人の高校生(ミネソタの私立高校の日本語専攻の学生を対象)を気仙沼でホームスティさ
せるという企画をした事があります。3週間の日本の文化を学ぶ旅行のハイライトに選んだ場所が私の故郷でした。その時にお世話になったのがやっちさんのご
両親です。ホームスティの学生さんを引き受けて下さいました。そのご縁でやっちさんがミネソタ大学に留学するきっかけになったと聞いております。やっちさ
んがミネソタ大学に留学する頃は既に私はミネソタから東海岸へ引っ越ししておりましたので面識が無かったのです。(会社はそのまま運営しておりましたが)

アメリカ人の学生さんがホームスティしていた時期は引率の先生に添乗を任せておりましたので私は日本には行きませんでした。
私の実家経由で隣人、知り合い、多くの方にホームスティの学生さんを預かって頂き、お世話になりました。

やっちさんも紀子さんも私の事はお母さまのかよちゃんよりお話を聞いていたようで良くご存知のようでした。

2011
年の震災で私の実家も全壊し、隣のやっちさんの大叔母さまも家ごと流されました。私の大好きな叔母さまでした。私の兄は最後の最後まで叔母さまの命を救いたくて側にいたようですが、断固として動こうとしなかったそうです。目の前に巨大な波が迫っているのに…。兄は仕方なく集落最後の一人を残して逃げるしかなかったそうです。(彼は消防団員として救命に当たっていました。)

震災後、私は家族や友人の事が心配で、体が震え憶える毎日を過ごしておりました。家族の身元もわからぬまま、何かしなければと! 

そんな時、
Facebookで気仙沼を愛する方達に出逢いました。そのメンバーとなった一人がやっちさんだったのです。(当時は6名〜7名で気仙沼市公式
Facebook英語版を発足)彼の方から、”りっちゃん?”と、呼ばれてネットでの再会に嬉しくなりました。お姉様の紀子さんとも面識も会話もした事が
無かったのですが、やっちさんを通じ、あっというまに親戚のような交流がスタートしました。

昨年の11月1日は私たち夫婦の気仙沼での最終日だったのです。どうしても一緒にお食事をしたいと紀子さんにおっしゃって頂き、お母さまのかよちゃんと何十年ぶりの再会を果たす事ができました。お食事をしながら話題は尽きなくて気持ちが高揚したまま、アンカーコーヒーへ向かい、くつろいでいたときに糸井さんご一行がいらっしゃったので本当に驚きました。

糸井氏は私の尊敬する素晴らしい方で、そして小池さんとは既にFBで繋がっておりました。(キャンディ美雪さんがずいぶん前にお世話になったという事は後で知りました。)そして由佳里さんにも。 
全てが神様が仕組んで下さったご縁なのですね。

キャンディ美雪さんは私のブログでは何度もご紹介しておりますが、10年以上前、フロリダ旅行中に立ち寄ったディズニーで子供達が一目惚れしたアーティス
トだったのです。彼女の素晴らしい芸術に三人の子供達はエプコット(日本館)を離れなくなりました。その時、断られるのを承知で3ヶ月後に控えた、私たちの住む町の『日本祭り』にご招待したいけど、予算が全くない事を伝えました。何度かメール交換をし、彼女のご好意で夢が叶う事になったのです。

5時間ノンストップで飴を作って下さったのです。

(飴の売り上げの半分を寄付に半分を材料費、宿泊/食事は我が家、交通費は当時、旅行会社として取引があったノースウエスト航空と私の会社が負担。)彼女のお陰でお祭りは大成功しました。 

4月にお祭りが大成功したのですが、5ヶ月後の9月にNYCでのテロ事件発生しました。そのあおりを受けて、ディズニーのエンターティナーが半分解雇され、キャンディさんも職を失いました。

私たち夫婦はあまりの悲しみに小学校全校生徒、そして町中に彼女の悲しみを訴え、嘆願書を作成し、ディズニー宛に手紙を出しました。

その数ヶ月後、美雪さんは復帰されたのです。

彼女は私たちの村人に感謝を伝えたくて3年後に私が企画した、小学生高学年で運営する『日本祭り』にボランティアで参加
して下さいました。

それがきっかけで今では家族ぐるみのおつきあいに発展しました。

2011年の8月には美雪さんのご希望で日本の復興の為に東北で飴を作りたいとお申し出がありました。その時に訪問先を気仙沼に希望して下さったのです。彼女は感謝の気持ちを込めて、私の故郷で恩返しをしたいとおっしゃってくださいました。

偶然、気仙沼市の『復活祭』と日程が重なり、企画、運営を担当した方に私がネットで連絡を取りながら美雪さんをご紹介させて頂き、イベントの一つに加えて頂きました。

4日間の滞在先は被災した家族が仮住まいしている被災宅、東京から一関までの新幹線の切符は東京在の私の姉がプレゼント。(美雪さんと娘さんの二人分)一関から気仙沼までは兄が送迎をしてくれました。4日間の滞在中も兄がびっしり美雪さん母娘を24時間、運転手として案内してくれました。兄は仕事を失くし、毎日、自力で瓦礫撤去作業と消防団員として夜の見回りなどをしていました。

美雪さんは気仙沼で4日間300本以上の飴を作って笑顔をふりまいて下さいました。

その活動が日本政府の目に留まり、シンガポールで開催されたイベントに親善大使として昨年の3月に飴細工を披露されました。そして4月にボストンのお祭りにもいらっしゃいました。

美雪さんが気仙沼市を訪問されたレポートをこちらでご紹介しています。

 

このような素晴らしい繋がりのあるキャンディ美雪(Candy Miyuki)さんは、こんな風におっしゃっています。

 

律子さんは、私のアメリカのお姉ちゃんで、本当にお世話になっております。
世の中、本当に狭いですねー。

私もブログで『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』を紹介させて頂いたら、30年前に、コステロのライブに一緒に行った、レコード屋のおにいちゃんからメールが来ました。デッドヘッズなので、たまたま検索で私のブログを見つけたそうです。今度、30年ぶりに会う事になっています。

 

ほんとうに、「縁」というのは不思議なものです。そして、ありがたいことです。

生きていることの意味は、こうして人と出会うことなのかもしれません。