天才は作れない

以前に「才能のある子は幼いときから始めなくても才能を発揮するし、ない者は(ある程度才能を伸ばすことができても)決してオリンピック選手や国際的数学者には育たない」と書いたが、それについて付け加えたい。

わが娘が属している水泳チームには、14歳でシニア・ナショナル選手権(全国大会)で200メートル背泳の2位になり、国際水泳選手権大会に米国代表として出場したエリザベス・バイセルという選手がいる。娘と半年しか年齢が離れていないこともあり、彼女が7歳のころからその存在は知っていた。年齢別の全米記録を次々と更新してゆく彼女のことを“早期英才教育”の産物だとみなしていた者は多く、「成長が止まると、スピードも衰えて凡人になるだろう」とか「親がプッシュしすぎると燃え尽きるだろう」と予想する者もいた。

しかし、同じチームの一員になってみて、私はそれらの推察がすべて大きな誤解だということに気付いた。

まず驚いたのは、彼女が自分よりも3歳から4歳年上の男性選手と同じレーンで練習するということである。それだけではなく、オリンピック選考大会の出場権を持つ年上の男性選手たちをどんどん追い越してゆく。もちろんエリートの男性選手達は年下の女の子に追い越されたくないので必死にスピードを上げるのだが、エリザベスにはかなわない。

それだけでなく、彼女からは他のエリート選手から滲み出るシリアスさが感じられないのである。彼女の母親によると、金曜日はバイオリンの練習があるから水泳には来ないし、他の選手が午前4時半に起床して行う朝練習には、生まれてから一度しか参加したことがない。練習中に一番お喋りするのは彼女だし、コーチから「お喋りをやめろ!」と怒鳴られても、あっけらかんと喋り続けている。いつも「この世に水泳ほど楽しいことはない」、といった感じである。

私の娘は、自分に年齢が近いエリザベスではなく、エリザベスより2歳年下の弟ダニーと仲が良い。というのは、どちらもこのエリートチームではやや“落ちこぼれ”に近い存在だからだろう。2人ともある程度は競争心のある選手なのだが、ここに集まっている大部分の選手に比べると、「この程度でいいや」と自分で調節するところがある。練習でも追い越されたくないので他人をブロックする選手が多い中、彼らは「お先にどうぞ」と順番を譲っている。親としては、「そんなに遠慮せずに、ちゃんと自分の場所を確保しなさい!」と言いたくもなるが、これが彼女の性格なのだから仕方がない。

非常に優れた才能を持つ子供たちを実際に知ると、わが子の早期英才教育に必死になる親の愚かさをひしひしと感じる。エリザベスでわかるように、オリンピックに行くような選手は、生まれつき超人的なスタミナに加えて超人的な競争心も持っているのである。これは誰かが幼いことから教えこんで作れるようなものではない。

8 thoughts on “天才は作れない

  1. 才能はいわゆる個性ということですかね?
    才能あるスポーツマンは最後まで諦めないなどについて触れておりますがどうなんでしょう

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  2. こんにちは。
    才能と個性は別物だと私は思っています。
    「才能ああるスポーツマンは最後まで諦めない」と誰が言ったのか私は知りませんし、どこに根拠があるのか不明ですが、それは「競争する」ということに関する「才能」なんじゃないでしょうか?
    ものすごく才能がある選手でも怪我や家庭環境の影響でやめちゃう人もいますし、競争心があまりない人はけっこういます。そこあたりが「個性」なんだと思います
    人並みはずれた天賦の才能とは、数学やアートやスポーツでもそうですが、生まれつき全然異なるレベルのものなんですよ。一度会うと説明抜きで理解できます。また、本人にとってそれが幸運かどうかというのはまた別の話ですが…。

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  3. コメントありがとうございます。
      しかしいろいろな意見を聞きますと天才=一人ひとりの個性(感情)によるものだから作れない=もって生まれた課題みたいなものと伺いましたが、管理人様はどうお考えでしょうか?
    個人的には天才延々の話に興味があるのでよろしくお願いします

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  4. 追加で投稿させていただきます。
    私も天才に会ったことがあります。野球ばっかりしていて勉強など全然していなくても難関有名私立大に入学しました。  
    けど自分の経験では天才は苦労することを苦と思ってないです(つまり努力することも苦と思っていないし競争心もない天才も多い)
    またその才能がある学問やスポーツを嫌いだと思ってない。後は天才は自己中が多いということでしょうか・・。アインシュタインも自分は天才だから俺がわからなければ誰もわからないなど合理的な発想もしていますね。
    まあ天才の理論はいっぱいあり一丸には言えませんが・・・。

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  5. 違うと思います。
    結局私の娘はこの後、水泳より音楽に没頭するようになり、今は男の子ばっかりのJazzビッグバンドに入っています。これも実はけっこうエリートグループなのですが、こちらはにはしっくりととけ込んでいます。他人を押しのけて競争するのは苦手な性格ですが、自分で勝手に努力すればよい、というのは得意なようです。
    才能の点だけだと、娘は水泳も音楽も数学(彼女の高校の数学チームは公立では全国トップなのです)も同じ程度ですが、数学チームは何度先輩に誘われても断っていました。この中で一番楽しく自発的に「向上したい」と感じるのが音楽のようです。
    才能があっても本人の性格に合わないことを無理にやっているとしんどくなると思うのですよ。

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  6. 確かにそうですね。
    大まかにいうと才能と性格が合わないと駄目だってことなんでしょうか?

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  7. 「駄目」という言葉の定義がよくわからないのですが、親のほうが子より一生懸命なケースは、それこそ本人が「駄目」になるケースが多いです。それは沢山見てきました。
    スポーツであれ、芸術であれ、最終的には本人がやりたいかどうか、やることにより自分の人生に喜びを感じるかどうか、それらのほうが大切だと私は思っています。
    私自身があまり競争心のない人間なので、なんでも勝ち負けって嫌なんですよね。
    娘が幼いころから言い続けていたのは、「楽しく生きるための技術を身につけてほしい」ということです。「楽しく」というのはらくちんという意味ではなく、一生懸命やること、知的好奇心を満足させること、それらに喜びを見いだすことができるということです。
    私の娘にとっては、スポーツも音楽も、そして勉強も、「他人に勝つ」ことが目的ではなく、「楽しい人生を生きる」ためのものなのです。

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