わが子といっしょに哲学を考えよう 「こども哲学」シリーズ

NHKの「ハーバード白熱教室」で有名な米国ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が来日され、東大で講演をされるなど話題になっています。

サンデル教授は、"私たちが日々の生活の中で直面する難問において、「君ならどうするか?何が正しい行いなのか?その理由は?」と、学生に投げかけ、活発な議論を引き出し、その判断の倫理的正当性を問う"(NHK「ハーバード白熱教室」番組概要より抜粋)授業を公開したことが注目されました。

NHKのサイトでは実際にエピソードを観ることができます。英語に自信がない方でも、日本語の講義一覧を読んでからJustice with Michael Sandelのサイトで実際の雰囲気に触れていただきたいと思います。

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サンデル教授の試みは面白いと思いますが、ハーバード大学の地元に住む者としても、日本でのサンデルブームの大きさには戸惑いを覚えます。なぜかというと、こういったディスカッションは、米国では珍しくないことだからです。もちろん地域や学校によって差がありますが、教育熱心な地域であれば、公立でも幼稚園の頃からクラスで「何が正しいことなのか?」といった話し合いをします。日本でこれほど話題になるのは、こういったディスカッションが新鮮なアイディアだからなのでしょう。

そんなことを思っていたら、こんな本をいただきました。

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こども哲学シリーズ(朝日出版)は、フランスの哲学者オスカー・ブルニフィエ原作で、重松清さんが日本語版の監修をされています。(絵本です)

本書「よいことと わるいことって、なに?」では、次のような6つの問いを取り上げています。

  • おなかがへったら、どろぼうしてもいいとおもう?
  • ひとに やさしくしようとおもう?
  • どんなときでも おやのいうことは きかなきゃだめ?
  • おもったことは なんでも 口にするべきだろうか?
  • いつでも したいことして いいのかな?
  • こまっている ひとがいたら、たすけてあげる?

これらの問いかけについて、ここにはいろんな答えがあります。正解はありません。いろんな場面を考え、親も一緒になって自分自身に問いかけ、語り合うことが大切なのです。そこが、サンデル教授の授業と非常によく似ていると思ったのです。絵本なので、文字は沢山ありません。そこが不満な方がいらっしゃるかもしれませんが、私はそこがツボだと思っています。つまり、ここに書かれていないことを考えるのが読者に要求される役割なのです。

こどもの頃から今まで私が一番嫌いなのが、守る理由が不明な規則やしきたりです。私は、「ずっとそうだったからだ」とか「隣りに座っているお姉さんが怒るから」といった説明をされると、そんなことを言う人への尊敬をすっかり失う子だったのです。今でも「なぜ?」の部分が納得できないと、物事がやりにくい私です。

なので私は、娘から質問されたら必ず真摯に説明しましたし、彼女の意見にも耳を傾けました。いじめっ子やいやな事をする人がいたら、「なぜだろう?」と心理分析したりもしました。

ディスカッションする習慣は、彼女が17歳になった今でも続いています。ここでは詳しいことは書きませんが、日本の皆さんならきっとびっくりされるようなことまで客観的に話し合います。幼いころから一人の人間として尊重し、真剣に語り合い続けると、思春期になってもその関係があまり変わらないような気がします。

でもそれは、親が子供と対等だという意味ではありません。しっかりしたルールを作り、それを子供に守らせるのは親の役割です。親と子供の立場は違うのだということも、本書はきちんと述べています。

「よいことと わるいことって、なに?」のなかに、「もしきみが親だったらどうするか、自分で考えてみること。」とありました。じつは、私はこどもの頃、ずっとこれを考えていました。ですから、自分が親になったときに、「されて嫌だったことはしないでおこう」と決めたのです。それでも失敗することはあります。そういうときには、真剣に娘に謝るようにしてきました。娘に訊ねると、「マミーは怒りっぽいが、非常に公平だ」と言います。

「怒りっぽい部分」では失敗したようですが、「公平である」という部分は成功したようですね。まあまあの出来と言えるでしょう。

ところで、私は重松清さんの「おまけの話」がとても好きでした。日本のこどもがすぐに想像できるシチュエーションです。

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