米国初のヒスパニック系連邦最高裁判事誕生!

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米国上院での投票の結果、68対31でソニア・ソトマイヨール連邦最高裁判事の就任が決定しました。米国で初めてのヒスパニック系でしかも女性の連邦最高裁判事の誕生となります。
共和党で賛成票を投じたのは9人のみ。二党間の隔たりを感じます。

ニューヨークタイムズ紙の記事はこちら。

見過ごされている小さな歴史

最近「大宮盆栽村クロニクル」というノンフィクションをお書きになった宮田一也さんという方からebookをいただき拝読させていただきました。

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大宮の盆栽村の誕生をまるで小説のように語るノンフィクション、という発想そのものにまず感心しました。
私は盆栽にはまったく興味がない素人なのですが、読み進める うちに盆栽村を作った人々やそれを受け継いだ次世代の人々、そしてその時代背景などに自然と関心を抱くようになっていました。それぞれの章のはじめにその年の主な出来事や流行語などが記されているのも「この言葉が生まれたのはこの時代だったのか」などと楽しむことができた作品でした。

大宮に盆栽村を作った人々の歴史、なんてとても大衆受けするテーマではありません。それをあえて綿密に調査して生存者を取材して書くということそのものに私は脱帽しました。

私は現在住んでいる米国の町で、老人の個人史を記録するという企画を何度かたてたことがあります。歴史は有名な人々だけが作るのではないと私は思うからです。無名の人々 が伝える個人史から驚くような興味深い過去を学ぶことができるのですが、彼らが亡くなってしまうともうその歴史を知る術がなくなります。それでけっこう焦ってい るのですが、なかなか先に進みません。

時代を変えるような歴史ではないけれど、貴重な日本の歴史の一部にはちがいない「盆栽村」の歴史を手遅れになる前にこうして書き留めてくれた作者の宮田さんに拍手喝采です。

おめでとうエリザベス!

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娘の元チームメイトで16歳のエリザベス・バイセルがローマで開催中の世界水泳で、このレベルの国際大会では初めてのメダルを獲得しました。
北京オリンピックでは4位に終わった200メートル背泳で、堂々たる2:06.39のタイムで銅メダルでした。一昨年であれば世界記録だったはずのタイムですから、もちろん個人ベストです。とってもうれしそうでした。
今日はいよいよ注目の400メートル個人メドレー決勝です。シードは2番目です。
ビデオを観たいかたはこちら(1日分ですから長いですが)。日本の世界水泳のサイトはこちら

エリザベスは、「天才は作れない。生まれつきのものだ」と私に確信させる存在です。
詳しくは過去の水泳や教育のエントリーをご覧になっていただきたいのですが、彼女を知れば、親が早期英才教育(数学、単語、水泳などすべてを含む)をさせる愚かさを感じるでしょう。
私は、通常若くして成功する人に対して不安を抱きます。後の人生が大変になると思うからです。多くの人がアルコール依存症になったり、鬱になったり、決して楽な人生を歩んではいません。エリザベスも早期から才能を発揮しているので心配ですが、生まれつきの楽観性と競争好きでなんとかなるのではないかと祈っています。
練習で悲壮感がまったくないことについて以前に書きましたが、コーチに対しても気に入らないことがあればはっきり反論する強さもあります。世界大会とかオリンピックでももちろん緊張するのですが、みんなと一緒に旅するのが楽しみで仕方ない、という感じです。誰とでも(それがライバルでも)すぐに友達になり、競争は競争と割り切ってそのスリルを楽しむという感じなのです。(以前、背泳の中村選手が好きだと言っていました)

いっぽう、才能がある悲壮な選手も沢山知っています。
小さいころからはじめて才能があったから泳ぎ続け、そのうちに親のために泳いでいるのかコーチのために泳いでいるのか、それともそれが自分の意思なのか見分けることができなくなってしまうというのはよくあることです。
こういう選手にとって早期から才能を認められたのは幸運なことではなく、不幸なことだと思います。
ですから、すばらしい選手をみて親が「わが子をオリンピック選手にしよう!」といったモチベーションを持つのはやめてほしいと心から願います。
エリザベスは親が作った選手ではありません。偶然の産物なのです。

ソーシャルネットワークな1日

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夫が本のために昨日レキシントンの住民でもあるミュージシャンのAmanda PalmerをTwitterについて取材しました。YouTubeにも載せるビデオを撮るために娘がアルバイトでカメラマンをつとめました。私はAmandaがフロントになっているThe Dresden doll( 右の写真)の曲とかけっこう好きでTwitterでもフォローしているのですが、図書館のスタディルームを予約し、ミーティング終了後娘をpick upに行くというつまんない役割だけ。

Pick upはいつかな〜と思っていたら、ピコっとAmandaがTwitterしているではありませんか。「もう終わったのかな?」と思って待っているのに電話がありません。
Twitterを見ていたらAmandaと仲良しで知られる(というかおつき合いしている)作家のNeil GaimanのTwitterがピコっと現れました。2人については過去の記事をどうぞ。

それから約30分後にミーティング終了の電話があり、娘をPick upしたら「Amandaの取材中にNeil Gaimanから電話がかかってきたんだよ」とのこと。Amandaは誰とは言わなかったけれど、話の内容でそうだと察したとのこと。
夕飯のとき、夫はその話を聞いて「Neil Gaimanって誰?」
娘と私は「知らないの?」と夫をじろりと睨みつけました。
そうなんですよ。彼はアポロおたくのくせにSFやファンタジーを絶対に読まないのです。

その場にいなかった私のほうがTwitterで夫よりもちゃんとAmandaとNeil Gaimanのやり取りを把握していたのでした。
ソーシャルネットワークによる奇妙な家族団らんの時間でした。

世界水泳ローマ09の応援

娘が水泳を辞めちゃった(高校の競泳はまだやってます)もので、水泳の世界からほんとうに遠ざかってしまいました。1年前まではタイムを聞くと「それはすごい!」とか「それはひどい!」と反応したものだけれど、今は当時のチームメイトのお母さんからタイムを聞かされても、「それって、ヤード?めーたー?速いの遅いの?」のレベルです。9年も水泳の世界にどっぷりだったのに、忘れる速さはオリンピックレベルです。

さて、オリンピックといえば、娘の元チームメイトで同い年(学年はあちらのほうが1つ上)のElizabeth Beiselが今、世界水泳でローマで泳いでいます。
彼女のことはこれまでに何度か書きましたが、世界水泳の出場権を決めるNationalsでは16歳(誕生日は8月)なのにもうベテランの余裕を感じさせる泳ぎで、400メートル個人メドレーと200メートル背泳で優勝しました。2位でオリンピック出場を果たした種目ですが、今回は戦略に沿った冷静沈着な泳ぎで圧倒的な優勝です。
コーチのチャックの興奮ぶりが目に見えるように想像できました。

Elizabethのお母さんと弟も今ローマで観戦中です。
私の娘は(自分とレベルが似通っていて同じレーンで泳いでいた)一つ歳下の弟のほうと仲が良かったのですが、彼も自分の才能を活かせる高校の陸上競技に移行し、あまり泳いではいないようです。あのころから2人の練習を見ているとそんな感じでしたからね。やはり、好きなことをやるのが一番幸せ、ということのようです。

Elizabethの200メーター背泳のランキングはNo. 1(2:06.92)、400IMは2番目ですから、とんでもなく不調にならない限りは決勝に残るのではないかと思います。彼女の得意技は、「追い上げ」です。お母さんとよく冗談を言っていたのは、「1600メートル個人メドレーがあれば軽く世界記録を出せる」というもの。1600m自由形でも最初の50メートルより最後の50メートルのほうが速いという特異な子なのです。ですから、最初の200mくらいであまり後に遅れずにエネルギーを蓄えられるかどうか、が見どころです。
ぜひ応援してあげてください。

ハーバード大学のGates教授逮捕事件のベストな解決策

ハーバード大学のHenry Gates教授が中国からの旅行から帰宅したとき、自宅でケンブリッジ警察の警官に逮捕されたのは先週のこと。それが国際的な話題になったのは今週になってからのことでした。
黒人のGates教授が家に戻ると玄関のドアが壊れていて中に入れず、無理に入ろうとしているのを目撃した白人女性がケンブリッジ警察に通報し、パトロール中の警官(ボストンの警官の典型でアイルランド系の白人)が駆けつけたところすでにGates教授は自宅の中に入っていました。
ここからが警官の言い分とGates教授の証言が異なるところで、警官がGates教授にIDを求めたところ、Gates教授はそれを拒絶し、自宅にいる黒人がこういう扱いを受けるのは人種差別だといった意味のことを言って怒鳴り始めたというのが警官の言い分です。Gates教授の言い分はIDを見せたにも関わらず警官が自宅の外に出るように命じ、教授のリクエストにもかかわらず警官の証拠であるバッジを見せなかったとのこと。
Gates教授が警官に向かって怒鳴っていたことと、身体的な接触がなかったのは双方が認めていることですが、警官に対するdisorderly conduct(この場合、怒鳴ったり、ののしったりしたこと)でGates教授は手錠をかけられて逮捕されたというわけです。

その場にいたわけではありませんが、警官の書いたレポートもちゃんと読んだ結果、私が想像するのはこういったシナリオです。

黒人の男性はいろいろ差別体験を持っています。ふだんはなるべく過剰反応をしないようにしている人でも、疲れているときなどにはカッとくることがあると思うのです。たぶんGates教授は長旅で疲れているときに自分の家の中にいるのにもかかわらず身分証明を求められて「この尊敬される地位に達してもまだこんな差別をされるのか!」と頭に来て、過度に「私を誰だと思っているのか?」という横柄な態度に出たのでしょう。そして、警官のほうも、頭越しに怒鳴られたもので、「教授だからといって警官の私より偉いと思ったらおおまちがい。どっちが偉いか見せてやろうじゃないか」と意固地になったところがあるのでしょう。教授だとわかった時点で「それは申し訳なかった。仕事だから勘弁してほしい」と丁寧に謝罪すれば、教授もだんだん落ち着いたと思うのです。それに、どんなに怒鳴っていても自宅にいる者でしかも身体に触れていない市民を逮捕するってのは行き過ぎだと私は思います。

要するに、どっちもどっち的ですが、誰にでも起こりえることです。

その後起訴は取り下げられたのですが、この問題が全国的に話題になり、Obama大統領がヘルスケア改革演説の後に意見を求められたのが泥沼化の原因になりました。Gatesを逮捕した警官が"acted stupidly"と言っちゃったのですよね(ABCニュースのビデオ)。これを聴いたとたん、私は「これはまずいことになったぞ」と思いました。

案の定、共和党はここぞとばかりに白人層の怒りをかき立て巻き返しを狙いはじめました。リベラルで知られるボストン界隈ですが、地元のテレビニュースや新聞では、ケンブリッジの警察を支持する意見が圧倒的で、ケンブリッジ警察は記者会見までしてGates逮捕を正当化する意見を強調しました。

ですが、さすがにスマートなObama大統領です。
さっそく、この白人の警官に電話し、Gates教授と3人で一緒にビールを飲んで話し合おうじゃないか、と提案したというのです。話し合えばわかる、ってことがよくあるのですよね。これを機会にGates教授とケンブリッジ警察が仲良くなってくれるとうれしいです。

ソトマイヨール米国連邦最高裁判事候補の公聴会スタート

米上院の司法委員会で連邦最高裁の判事候補ソニア・ソトマイヨールの指名承認公聴会が行われています。

下はカリフォルニア州選出の上院議員Dianne Feinsteinが、公聴会オープニングの声明で、民主党の大統領が指名した候補に対して保守派が"Judicial Activism"を非難することに対し、保守派の最高裁判事による"Judicial Activism"の例を挙げて、判事はまったく公平な法のアンパイアではなくそれぞれの判事が自分の体験を反映するものではないかと反論しているところです。

アメリカをまっぷたつに分けるのが女性の中絶を選ぶ権利ですが、ソトマイヨール自身はこれまでに中絶への彼女の意見を示唆するような判決を下したことがありません。したがってこれについてはプロチョイスもプロライフも不安を感じているところのようです。また、共和党の右派は、ヒスパニック系で女性のソトマイヨールが「白人男性」を差別する可能性を示唆しています。このような右派による「カルチャー戦争」が注目されていますが、ヒスパニック系の投票者が増えているアメリカ合衆国でヒスパニック系のソトマイヨールを「人種差別者」と糾弾することが共和党のためになるかどうかはおおいに疑問なところです。

それにしても、褒められてもけなされても表情をまったく変えずにいるソトマイヨールには脱帽です。これまでの候補よりずっと人生の荒波を体験してきているタフさを感じます。

いろんな意味でソトマイヨールの就任が決定するまでの経過(決定すると思います)が注目されます。

追記:Sonia Sotomayor自身のStatementです。

戻ってきました

アメリカに戻って2日目の朝を迎えました。昨日は午前2時半に目が覚めてしまいましたが、今朝は4時50分まで寝ることに成功!気分も上々です。

昨日は旅行中の洗濯物と空っぽの冷蔵庫に食料品を蓄えるためのお買い物に費やしました。そして今日はたまった支払いなどの事務処理です。旅行は楽しいけれど、その後はいやですよね。退屈なことばかりで。

旅行中は忙しくて結局本を読めたのは行きと帰りの飛行機の中だけでした。行きはOCD(強迫性障害)に関するノンフィクションのLife In Rewindで戻りはGracelingの関連作(続編ではなくその前の時代を扱っている)で9月に発売予定のFireです。どちらも長いフライトを短く感じさせてくれる興味深いものでした。なるべく早く「洋書ファンクラブ」のほうに書評を書きます。

白状すると、昨日は洗濯のあと日本で購入してきた漫画を読んでました。吉田秋生の吉祥天女と山岸涼子の日出処の天子は、昔連載されていたころに読んだものですが、ほとんど忘れていたのでと~っても懐かしかったです。

帰りの飛行機でANAからUNITEDに乗り換えたときの客室乗務員さんたちの態度の差に驚いた娘が「日本はどこでもとっても礼儀正しくて気持ちよかったけれど、Unitedのスチュワーデスはすご~く意地悪(mean)だ」と感想を言っていました。日本人のおじさんが荷物を入れる場所を探していたらいきなり怒鳴りつけるんですよ。日本人の乗務員だったら「お手伝いしましょうか?」と助けてくれるのに。飛行場でのチェックインのときも「日本人は手早いのに礼儀正しくする時間的余裕がちゃんとあるけれど、アメリカの飛行場では礼儀正しくする暇がないといった失礼な態度で怒鳴りつけるのに手際が悪くて時間がかかる」とも言っていました。

Unitedでは嫌な感じでしたが、昨日食料品の買い物に行ったWholeFoodsでは、なじみの店員さんたちから「しばらく見かけなかったけれど、どこ行ってたの?」とたずねられたりして、アメリカの良いところも思い出しました。

金髪のくせ毛をちょんまげのようにポニーテールにした真っ青な目のレジの若者がにこやかに「How are you feeling today?」と語りかけてくれたのも良い気分でしたが、私の返した挨拶に、「Absolutely marvelous!」とアップビートに答えてくれたおかげでそれこそ本当にAbsolutely marvelous!な気分になりました。

京都よ、また来るからね

なつかしの京都も今日でおしまい。
最終日の昨日は娘のために京都初心者コースの二日目。
下鴨神社、銀閣寺、哲学の道、金閣寺、北野天満宮(そろそろ大学が気になる高校生ですから)、そして京極と新京極。夜は宿泊している京都ブライトンホテルでのリレー音楽祭をバルコニーから鑑賞。昨夜はバイオリニストの神尾真由子さんで、一昨日の大阪フィルハーモニーの何倍かの観客がバルコニーにいました。
神尾さんのバイオリンは初めてですが、すごいテクニックですね。
選曲はマスネのタイスの瞑想曲とかサラサーテのツィゴイネルワイゼンといった大衆向け。でも楽しめました。

観光客としての京都はなかなか楽しい!

今日は徹底的に観光客として京都を楽しめる清水寺。
昨日の奈良といい今日の清水寺といい、訪問者のメインは修学旅行の生徒たち。娘は清水寺も気に入っていましたが、それにも増して修学旅行の生徒たちウォッチが楽しかったよう。
こっそり生徒たちがたわむれている写真を撮っていました。
そのうち中学生の集団に「写真を撮ってください」と頼まれたので「いいですよ」と軽く答えたら10個くらいのカメラを渡されてびっくり。
観察してみると、10人いたら10人それぞれ自分のカメラに集団写真をおさめるのが普通のようですね。
これはアメリカと相当ちがいます。
アメリカでは、誰か1人のカメラで撮影し、それをfacebookというソーシャルネットワークのサイトに載せます。
それで欲しいものがあれば個々に頼んでメールに添付して送ります。
「デジタルなのになぜ個々に撮るんだろう?」と娘は不思議がっていました。
もうひとつ娘が気づいたのは、みんなピースサインをすることです。
私がおどろいたのは、いまだに日本人の子がこれをしていることのほう。
ほかのことが変化しているのに、これが変化していないというのは、やはり驚きです。
なぜなのでしょうね。
私は若いころからピースサインをして写真を撮ったことがないので、日本人の子がこれをする理由がよくわかりません。

宿泊に選んだ京都ブライトンホテルはひろびろとした間取りでサービスも日本的ながらしつこくない心地よさです。
アメリカ人に人気があるようですが、その気持ちよくわかります。
地理的には少々不便ですが、それを差し引いても泊る価値があるホテルですよwink
昨日からリレー音楽祭in アトリウムという音楽祭が始まり、毎晩クラシック音楽の演奏がアトリウムで行われています。
今日は大阪フィルハーモニー交響楽団と大阪フィルハーモニー合唱団です。
予約したときには知らなかったことなのですが、実行委員に浅井敬壹という名前をみてびっくり。
30年前に属していた社会人の合唱団京都エコーの指揮者ではありませんか。
そこで音楽祭のプログラムをみてさらにびっくり。
5日に京都エコーがここで演奏する予定なのです。
残念ながらその日にはすでに兵庫に発った後です。それにしても、たった3日ですれ違いとはほんとうに残念です。
「その指揮者の人マミーのこと覚えてると思う?」と娘に尋ねられたから「私は団で最低のシンガーだったから覚えている可能性はあるわよ」と答えると納得していました。
当時全国でベストの合唱団だった京都エコーで、指揮者の浅井先生に「あんたのレベルが神戸中央の最低レベルより高くなれば(合唱コンクールに)勝つことができる」と(みんなの前で)よく言われたものですが、それも楽しい思い出です。