King and Iのミュージカルで再確認した「嫌な気分を切り替える」大切さ

昨日6月7日にトニー賞の授賞式があった。

5月29日にニューヨークに住んでいる娘と一緒に『King and I』を観に行ったので、このミュージカルがリバイバル作品賞、主演女優賞、助演女優賞などを取ったのはすごく嬉しかった。日本では「渡辺謙さんが主演男優賞を逃した」という話題のほうが注目されているようだが、彼も歌唱力などの点で受賞は期待していなかっただろう。ノミネートされただけでも素晴らしいし、共演者たちを受賞させる素晴らしい助っ人になったことに誇りを抱いていると思う。

ミュージカルKing and I

ミュージカル『King and I』

帰省中の娘と一緒に、ワインとチーズでそんなことを語りながら観られたのも最高だった。

『King and I』はリバイバルが決まったときから観たいと思っていたので、けっこう大枚をはたいて舞台に近い席をゲットした。当日は早めに行って席に座り「ここからだと表情も見えるね。すごくいい席!」と二人でキャピキャピ、ニマニマしていた。

ところが、「このまま空席だったらいいのにな」と思っていた私の前の二つの席に30代くらいの女性二人が座ったときに暗雲がたちこめてきた。

舞台の写真を撮りまくっているのはルールを知らない観光客ではよくあることだ(渡されたプログラムには書いてあるけれど)。でも、リンカーンセンターのアッシャー二人から何度厳しく注意されてもやめようとしないのだ。「え?フラッシュが悪いの?ほら、フラッシュやめたから」「そうじゃない。舞台デザインにも著作権があるからだ」と説明されても「民主主義だからやりたいことをやる権利がある」と平然と写真を撮り続ける。

私は隣の娘に小声で耳打ちした。
「彼女たち、ミュージカルの最中におしゃべりしないといいけど……。悪い予感がするなあ」

悪い予感は的中した。というか、予想以上にひどい展開になってしまった。

観客席が暗くなり、オーケストラが前奏を奏ではじめると、そのリズムに合わせて私の前の女性が大きく手拍子をとりはじめたのである。

周囲の観客はぎょっとして彼女のほうを向いたが、本人は平然として手拍子をとり、指揮をし、鼻歌を交え、踊っている。隣の少女はときおり指揮の手に殴られて身体を逆方向に縮めている。

私は唖然とした。『せっかくのKing and Iがこれじゃあ台無しだわ!』

私の左側にいるのは、毎週リンカーンセンターに通っている雰囲気が漂う年配のカップルだ。そちらを見なくても隣の女性の全身が怒りと緊張でこわばるのがわかった。

突然来訪する重要な人物のために、主催側が良い席を最後まで抑えておくことがある。それを利用して最後の最後に良いチケットを取る方法は、お金がない学生や観光客が良く使う手段だ。二人の女性の英語にはオーストラリアか(あるいは英国の地方)を想像させる訛りがあったので、たぶん観光客なのだろう。これまでこういう場で観劇をしたことがないのが明らかだ。

誰かが来て前の二人を放り出してくれないかと期待したのに、誰も来ない。

せっかく何ヶ月も前にオーダーし、良い席を取り、楽しみにしていたのに……と涙が出そうだった。

でも、そこで私は考えた。「私には二つの選択肢がある」

ひとつは、このままがっかりして涙を流し、前の二人を恨みながらking and Iの観劇体験を台無しにすることである。

そしてもうひとつは、前の二人を精神的に切り離して舞台に集中すること。手拍子をしはじめたら「あらあら、困ったキャストねえ」と心の中でユーモアに切り替えること。

私は素早く後者を選び、深呼吸して気持ちを切り替えた。

そうしたら、(たまにムカッとすることは避けられなかったけれど)King and Iそのものは最高に楽しめた。

子役たちは可愛いし、Kelli O’Haraは理想的なAnna役で、王様の第一夫人を演じたアジア系女優Ruthie Ann Milesは演技も歌も素晴らしく、悲恋の恋人Ashley Parkのソプラノは「うわあ」と溜息が出るほど美しかった。そして渡辺謙さんの王様はカリスマ的だった。昔からけっこう沢山ミュージカルを観ているけれど、その中でも最高級だった。

途中の休憩時間になったとき、隣の女性がトイレに立った後で男性のほうと「すごい人達が前に座っちゃったね」と笑い話になった。彼らは男女の「親友」ということで、彼は「友達がすごくupsetしてたのがわかったので、Don’t let them bother you. We should just enjoy the experience.と耳打ちしたんだ」と話してくれた。つまり彼は「よい体験を他の人に台無しにさせることを自分に許さず、楽しむことに集中する」という決意を呼びかけたのだ。

女性のほうが席に戻ってきて、また三人でこの「すごい体験」を笑いあった。
「Shall We Danceのところでは絶対に何かするよね」と言うと、二人も「すると思う。おそろしい」と笑いながら身震い。

思った通り、前の女性はKelli O’Haraが”Shall We Dance♪”と歌い始めるとその後にチャチャチャと手拍子を入れた。隣の女性は「Oh My God!」というような身振りをして私の手を強く握った。そこで私も彼女を横目で見て二人で「ニヤリ」と笑みを交わした。でもその後は舞台の上の演技にすっかり入り込むことができた。

舞台の終わりのスタンディングオベーションの後、隣のカップルふたり、そして娘と「一生忘れない体験になった。それだけはたしか」と笑いあった。

前の席の二人に対して怒りを抱えたままで観劇していたら、King and I がちっとも目に入らず、楽しい思い出にはならなかっただろう。前の二人を怒鳴りつけて喧嘩になったら、自分だけでなく、娘にとっても嫌な体験になっただろう。

自分ではどうしようもないシチュエーションのときには、不機嫌になることを自分に許すより「嫌な気分を切り替える」努力をしたほうが結果的に自分のためになる。

それを再確認した出来事だった。

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