10章 支え合うコミュニティ
学校がマスコミから糾弾される事件がおきたとき、多くの場合、地域の住民も一緒になって非難する側にまわります。また、学校と警察、学校と保護者は敵対関係になりがちです。
学校関係者は情報を隠したり、責任を回避したりしますし、追いつめられると自分では悪くないと思っていても全面的に謝罪します。
けれども、保護者の逮捕をきっかけに全米からの悪意にさらされるようになったレキシントン公立学校とエスタブルック小学校のコミュニティは異なる行動を取ったのです。
10章 支え合うコミュニティ
学校がマスコミから糾弾される事件がおきたとき、多くの場合、地域の住民も一緒になって非難する側にまわります。また、学校と警察、学校と保護者は敵対関係になりがちです。
学校関係者は情報を隠したり、責任を回避したりしますし、追いつめられると自分では悪くないと思っていても全面的に謝罪します。
けれども、保護者の逮捕をきっかけに全米からの悪意にさらされるようになったレキシントン公立学校とエスタブルック小学校のコミュニティは異なる行動を取ったのです。
9章 努力していても「不祥事」は起こる
日本の学校で不祥事が起きると、必ずと言ってよいほど同じ反応が起こります。
不祥事を起こした当人、管理責任がある校長、それを管理する教育委員会を、マスコミと国民がよってたかって非難し、糾弾します。マスコミが小出しに出てくる情報をテレビや新聞、インターネットで知り、あたかもその場にいたかのように他人に伝えます。むろん、実際に深刻な問題があることもあります。けれども、巷に広まってゆくのは、もともと疑わしい情報に推測や創作が加わった「真実」なのです。
お茶の間で、職場で、ソーシャルメディアで、「なんて不道徳な人間たちなのか!」、「こんな人間がいるなんて恥ずかしい」、「罰を与えるべきだ」、「許してはならない!」という怒りの声が盛り上がります。「責任者は謝罪しろ!」と求め、謝罪すると「謝罪のあの台詞が気に入らない!反省していない!」とさらに怒ります。
こんなに正義感が強い人が多いのですから、マスコミが彼らの怒りをかきたてることで、きっと理想的な社会が実現することでしょう。少なくとも怒りの拳を振り上げる人はそう信じているはずです。
でも、現場の事情を知らず、現場に行って長期的に力を貸すつもりがない人たちの「正義感」にどれだけ効果があるのでしょうか?
それを考えていただくために、ぜひこの実話をお読みいただきたいと思います。
【注意】この章を読む前に、必ずこれまでの章をお読みください。
日本では馴染みがないことですが、アメリカ全土では、パーカー氏や「アーティクル8」のようなグループが大きな政治力を持っています。彼らの多くは、聖書の教えに極端に忠実なキリスト教保守派であり、同性愛や同性結婚に強く反対しています。
アメリカの公立学校で問題になるもうひとつのテーマが「進化論」の扱いです。
たとえば、1925年にテネシー州デイトンで生物学の教師が進化論を教えて有罪になった「スコープス裁判」が有名ですが、公立学校の生物の授業での「創造論」と「進化論」の綱引きは、今でも続いているのです。
1999年に公立学校のカリキュラムから「進化論」を排除したカンザス州の教育理事会は全米からの嘲りの対象になり、翌年の選挙では宗教保守派が席を失って「進化論」が復活しました。しかし、2004年の選挙では州の「同性婚禁止法」と抱き合わせでキャンペーンをした宗教保守派が復活してふたたび教育理事会は保守派が過半数になり、今度は「Intelligent Design(インテリジェント・デザイン)」という造語を使って「創造論」を公立学校の生物学のカリキュラムに取り入れようと試みています(2004年現在の調査)。
ここで彼らが「神」という言葉を避けたのは、「米憲法修正第1条、国教条項」が公立学校で特定の宗教を教えることを禁じているのを承知しているからです。彼らは、「進化論」は証拠のない「説」に過ぎないので、「神」ではなく知的存在によって創造されたという「説」も生物学の授業で同列に扱うべきであると主張しているのです。
テキサス州オデッサ町の教育審議会(レキシントンでは教育委員会に相当する)は、「Bible study(聖書の学び)」を公立高校の選択科目にすることを2004年4月26日に全員一致で決定しました。MSNBCニュースによると、聖書クラスの支持者300人以上で満席になった審議会とその会場の外の雰囲気は、歌や祈りで「まるで教会の礼拝のよう」だったということです。
人間の起源に関する「進化論」と「創造論」の対立はよく知られているのですが、バランスのとれた宗教観を広めようとする「Religious Tolerance. Org」のサイトによると、もっと複雑なバラエティがあることがわかります。
その中で主要なものは次の通りです。
○創造科学
保守的キリスト教者にもっとも人気があり、信念は次の二つに分かれる。
・新地球創造
人間を含む生命体と地球、宇宙のすべては神により過去一万年以内に創造されたという説。創造科学論者の大多数が信じている。
・旧地球創造
地質学や放射分析から地球は何千億年以上前に創造されたと信じるが、地球や宇宙を創造したのは神である。
○自然主義的進化論
私たち日本人に一番なじみの深い説。アメリカでは多くの人がこの説を信じる者は「無神論者」だと考えている。
○有神論的進化論
自然主義的進化論と同様のプロセスが起こったと信じているが、それらは神の意志によるものであり、神がコントロールしていると信じている。
それでは、ふつうのアメリカ人は何を信じているのでしょうか?
2001年のギャロップ世論調査「人類の起源と進歩についてあなたの見解にもっとも近い説明はどれですか?」の結果は以下のとおりです。
1)人類は現在よりも劣った状態から何十億年以上かけて進歩したが、神がその過程を導いた。(有神論的進化論)37%
2)人類は現在よりも劣った状態から何十億年以上かけて進歩したが、神はその過程には無関係である(自然主義的進化論)。12%
3)過去一万年以内に神が現在とほぼ同じ状態の人類を創造した(創造論-新地球創造)。45%
4)その他。意見なし。6%
ダイアモンド中学校では、科学ではなく6年生の社会「古代文明」の一部として「創造説」を学びます。でも、この授業では「創造説」は「創作」として扱われており、「創造神話」を書くプロジェクトでは、自由に物語を作りあげても非難されることはありません。
レキシントンの教育者やPTAの多くが日本のように「自然主義的進化論」があたりまえのように扱っているので表面化しないのですが、実はレキシントン町にも「インテリジェント・デザイン」を密かに推し進めようとする勢力あり、教育委員の候補を出して来ています。けれども、彼らは学校のボランティアなどでネットワークを築き上げていないため、今までのところ十分な支持者を集められないでいるようです。
*この文章は2004年に書かれたものであり、現在は状況が変化している可能性があります。
8章 「数学に強いレキシントン」の謎
レキシントン公立学校が「数学に強い」という噂はあるのですが、少なくとも私の娘が小学校に通っているときには特別なプログラムはありませんでした。最高学年の5年生の担任ロビンソン先生は娘に文章を書く情熱を植え付けてくれた素晴らしい教師でしたが、算数が苦手だということは本人も生徒も認めていました。
ほかのクラスでも特に算数が得意な先生はおらず、小学校だけだとアジア諸国に比べて遅れていたといえるでしょう。
けれども、ダイアモンド中学に入学したとたんに状況ががらりと変わったのです。
7章 「なにができるか、やってみようじゃないか」の時代
先の章でお話ししたように、1950年代から60年代にかけて、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の教員たちが緑の多い環境を求めて郊外のレキシントン町に移住してきました。
この町の住民で元エスタブルック小学校校長のデイヴィッド・ホートン氏は、その時代を懐かしそうに振り返ります。
「当時の米国東部はみなそうだったのですが、子どもの人口が増加し、州のスタンダードというものはなかったのです。非常に革新的な時代で『何ができるか、やってみようじゃないか』という自由な熱気に満ちていました。レキシントン町が独自のカリキュラムを持っていただけでなく、それぞれの学校がカリキュラムを自分たちで作っていたんですよ」
6章 差別や偏見が「かっこわるい」高校
エスタブルック小学校には、前章でご紹介したような多様な文化的背景の家族だけでなく、同性カップルや、外国から養子を引き取った家族、シングルマザー、祖父母に育てられている子供など、一般的な家族像には当てはまらない家族もたくさんいました。
それらの子供たちが学校で差別されたり、いじめられたりしないようにするためには、子供だけでなく親も含めた教育をするべきだと「反偏見委員会(通称ABC)」のメンバーたちは考えていました。
教育といっても「教えてやる」という態度では親の反感を買うだけです。そこで、委員会が思いついたのが、「ディバーシティ(多様性)・バッグ」です。
エスタブルックに通う子供たちが自分と同級生たちの違いを理解し、受け入れられるように、外国の文化や伝統を紹介する本や世界各国の料理のレシピ、ゲーム、ユダヤ人とキリスト教者の間の心温まる交流を描いた絵本、エスタブルックに存在する異なる家族を紹介する絵本などを年齢に応じて選びます。それらをトートバッグに入れた「ディバーシティ・バッグ」を教室に設置し、希望する子どもに家に持ち帰ってもらい、親子でそれらの本を読んで語り合う機会を持ってもらうというものです。教育熱心な親が多いので、こういった特別な宿題を喜ぶ人がけっこういるのです(ただしこれはオプションであり、持ち帰る義務がないことは学年の最初から親に通知してあります)。
5章 差別がないコミュニティ作り
レキシントン町の公立小学校には校長、教師、保護者で構成される、偏見や差別がない環境を守るための委員会があります。
名称は統一されておらず、エスタブルック小学校の場合は「反偏見委員会(Anti Bias Committee)」で、メンバーは「ABC」と呼んでいました。ABCの会議をのぞきに行ったのは、ボランティアで知り合った知人から「加わらなくてもいいから、見学においで」と誘われたからです。「見学」に行ったら、あまりにも和気あいあいとした雰囲気で居心地がよく、そのまま居着いてしまったというわけです。
4章 志ある町民が志ある学校を作る
レキシントン町教育委員会(School Committee)の委員長トム・ディアス氏は、「ほかの州に住んだことがない人にはわかりにくいかもしれませんが……」と前置きしてから、「レキシントンは、特殊な町なのです」と説明してくれました。
「マサチューセッツ州に比べると、他の州の地方自治体は、はるかに政府まかせなんです。愚痴は言うけれども、自分の手で改善しようとしない」
この言葉は胸にぐさりときました。
日本に住んでいた頃の私は自分が住んでいる町や市がどのように運営されているかなんて、まったく知りませんでした。税金の使い道にも興味もありませんでした。学校や政府が私たちの面倒を見てくれるのが当たり前だと思っていましたから、それが裏切られると、失望し、立腹したものです。
私が学生のころにはまだ学生運動(というよりも内ゲバなどの暴力抗争)が盛んでしたが、体制への失望は「破壊」の勢いには繋がっても、「改善」への意欲にはなっていませんでした。彼らの言動に嫌悪感を抱くのに十分な実体験をした私は政治的なものにアレルギーを覚えるようになっていましたから「地方自治体の運営に手を貸す」という方法があるとは考えてもみなかったのです。
「マサチューセッツ州の住民は行政のプロセスに自分たちが参加するのは当然の権利だと信じているのですが、レキシントン町の住民はさらにその意志が強いのですよ」とディアス氏は言います。
ディアス氏の説明に移る前に、レキシントン町の背景を簡単にご紹介しましょう。
3章 住民が徹底的に参加する公立学校
前章でご説明したように、レキシントン町の小学校では、応募した候補者を校長と保護者代表が一緒に面接し、話し合いのうえで雇用する教師を決めます。
それだけでも十分驚きですが、教師だけでなく校長を決める過程にも保護者が加わるというのです。
この町の公立学校の構造はどうなっているのでしょうか?
図式で説明すると、任命のシステムはこのようになっています。
2章 学業での達成よりも不思議な謎
20代にイギリスに何度か住み、スイス、フランス、ドイツなどをひとり旅したことがある私は、いろいろな国で差別された経験があります。
イギリスでは電車で日本人とおしゃべりしているときに見知らぬ男性から「ここはイギリスだから、英語で話せ!」と怒鳴られましたし、夜道で「チンク(中国人に対する蔑称)!」と呼ばれて数人の男性に追いかけられたこともあります。お店で私の順番なのに無視されたこともあります。ヨーロッパでの一人旅の途中でじろじろ見られたり失礼な扱いも受けました。香港に住んでいたときには、別の意味でイギリスよりも不愉快な思いを何度もしました。
夫の両親が住んでいるニューヨーク市近郊の町ではそういった差別は受けませんでしたが、裕福な白人が多いせいか「腫れ物を触るような」優しさを感じ、気楽につき合える友だちを作るのは難しいと感じました。
ですから私は、レキシントン町でもある程度の差別はあると予期していたのです。