ゆるく、自由に、そして有意義に「やりたい人がやるPTA」その6

本ブログで連載した『住民が手作りする公教育』の番外編として、PTAについて非常に興味深い提案をされている作家の川端裕人さん にお話を伺いしています。

今回初めての方は、その1から続けてお読みください。全部はこちらから。

 

対談その6「日本のPTAで難しいのは、どこの部分か」

Kawabata前回、レキシントンでのPTA活動の「リーダー」についてお話を伺いました。「できない人には「できること」だけをやってもらい、楽しさを体験してもらうことで「やる気」を出してもらう」というのは大事なこと、といったことでしたね。

Yukari私が自分の失敗から学んだのがそういうことでした。

 

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ゆるく、自由に、そして有意義に「やりたい人がやるPTA」その5

本ブログで連載した『住民が手作りする公教育』の番外編として、PTAについて非常に興味深い提案をされている作家の川端裕人さん にお話を伺いしています。

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対談その5「PTAが親の自己実現の場になっているのではないか」

 

Kawabata前回は、日本で「やりたい人にやらせる」と時々、ひどいことが起きる、いう話だったわけです。ぼたくちは、「やりたい人がやるべき」と思っているのに、ただ素朴にそれを突き進めると、いろいろ日本では、落とし穴もありますって話。

今回は、渡辺さんのレキシントンでの経験を聞かせていただきます。

やっぱり、「やりたい人にやらせるか」という件ですよね。

 

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ゆるく、自由に、そして有意義に「やりたい人がやるPTA」その3

本ブログで連載した『住民が手作りする公教育』の番外編として、PTAについて非常に興味深い提案をされている作家の川端裕人さん にお話を伺いしています。

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対談その3「日本のPTAの悩ましき現実」

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ゆるく、自由に、そして有意義に「やりたい人がやるPTA」その2

本ブログで連載した『住民が手作りする公教育』の番外編として、PTAについて非常に興味深い提案をされている作家の川端裕人さん にお話を伺いしています。

今回初めての方は、その1からお読みください。

対談その2「子どもの顔が見えるPTAの活動」

 

Yukari前回、川端さんは日本のPTAでは「役」が多く、その「役」によっては拘束時間が半端ではないとおっしゃっていましたね。そういう意味では「ボランティアだと今の規模の活動はできない」と。

そこで私は娘が通っていたエスタブルック小学校の文書をチェックしてみました。

私が関わっていたときとはイベントの内容が少し変化していますが、エスタブルック小学校でのPTA/PTOのイベントに保護者が関わるプログラムを加えたリストがこれです(『エスタブルック小学校PTAイベント』)

Kawabataいやあ、びっくりしました。すごい沢山ありますね!

ぼくも、ニュージーランドのゆるいPTAの経験があるけれど、そこの倍はありそう。

数だけでいうと日本のPTAに匹敵するかも。

 
Yukariこれほどあっても、それぞれのイベントの委員長とメンバーは自ら「やります!」と手を挙げたボランティアだけなんです。

 

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ゆるく、自由に、そして有意義に「やりたい人がやるPTA」その1

本ブログで連載した『住民が手作りする公教育』の番外編として、PTAについて非常に興味深い提案をされている作家の川端裕人さんにお話を伺いすることにしました。

川端さんとのディスカッションは、タイトルが示しているとおり、「ゆるく」進行させていただくつもりです。

現在進行形で不定期な連載ですが、お受けした質問を対話に反映させることもできますので、ゆっくりと気軽におつきあいくださいませ。

川端裕人(かわばた ひろと)

Kawabata1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、 数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)は、4月よりNHK総合でアニメ「銀河へキックオフ」として放送中。近著は、独特の生態系をもつニュージーランドを舞台に写真家のパパを追う旅に出る兄妹の冒険物語『12月の夏休み』(偕成社)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)。

ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。

ツイッターアカウント@Rsider

 

渡辺由佳里(わたなべ ゆかり)

Yukari兵庫県生まれ。雑文書き。助産師、日本語学校コーディネーター、広告業、外資系医療製品製造会社勤務など、さまざまな職業を経験。平成13年/2001年に「ノー ティアーズ」で小説新潮長篇新人賞を受賞。翌年「神たちの誤算」を新潮社から出版。そのほか短編、現代詩、エッセイを複数の月刊誌・雑誌で発表。「多聴多読マガジン(コスモピア)」、「月刊アルコムワールド(アルクネットワークス)」など。2010年10月22日「ゆるく、自由に、そして有意義に
—ストレスフリー・ツイッター術」(朝日出版社)刊行、糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)翻訳。 「洋書ファンクラブ」にて洋書を中心としたレビュー。

現在住んでいるマサチューセッツ州の町で公立学校でのボランティア、町の各種委員会の会員、人権に関する市民グループLexington CommUNITY の運営委員、ブログ管理人などを務める。

ツイッターアカウント @YukariWatanabe

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住民が手作りする公教育13(最終回)

12章 守るべきもの

レキシントン公立学校高校生と卒業生を取材したとき、「記憶に残っている良い教師」として名前があがったのは、独自のユーモアがあり子どもと心を通わせるのがうまい先生たちでした。けれども、なれなれしい態度で接するわけではなく、生徒の人格を尊重しているのが伝わっているのです。

意外だったのは、「教える教科に実際に興味を持ち、知識があり、教えることに情熱を抱いている」のが子どもたちにとって最も重要な教師の資質だったことです。

「あの先生は良い人だけれど、教える教科の知識が不足している(あるいは、教え方が下手)」というネガティブな評価を受けた教師が山ほどいたところをみると、やはり教師の本質は「教える」ことにあるのでしょう。

 

レキシントン高校のマーチングバンド(吹奏楽団のメンバー)

多くの生徒と保護者が「尊敬している教師」としてあげたレキシントン高校の音楽ディレクター、レナード先生

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住民が手作りする公教育12

11章 善意が正義に罰されるとき

 

10章でご紹介したレキシントン町の*No Place For Hate(文中NPFHと省略)プログラムは、2000年にスタートしたときから実り多い活動をしてきました。

町議会などでの討論を険悪なものではなく建設的にするためのガイドライン「Guidelines for Civil Discourse」を作成し、司会役を勤める人々を教育するワークショップ「Leading and Conducting Effective Meeting Workshop」を企画し、キング牧師の栄誉を讃える記念行事を運営し、警察官や消防署員が多様性のある住民に対応できるように「ディバーシティ・トレーニング」を行い、町で諍いが起こったときに即座に対応する「緊急対策チーム(The Incident Response Team)」を設立させ、前章のような危機にはコミュニティをまとめる指揮を取ってきたのです。

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住民が手作りする公教育11

10章 支え合うコミュニティ

学校がマスコミから糾弾される事件がおきたとき、多くの場合、地域の住民も一緒になって非難する側にまわります。また、学校と警察、学校と保護者は敵対関係になりがちです。

学校関係者は情報を隠したり、責任を回避したりしますし、追いつめられると自分では悪くないと思っていても全面的に謝罪します。

けれども、保護者の逮捕をきっかけに全米からの悪意にさらされるようになったレキシントン公立学校とエスタブルック小学校のコミュニティは異なる行動を取ったのです。

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住民が手作りする公教育10

 9章 努力していても「不祥事」は起こる

日本の学校で不祥事が起きると、必ずと言ってよいほど同じ反応が起こります。

不祥事を起こした当人、管理責任がある校長、それを管理する教育委員会を、マスコミと国民がよってたかって非難し、糾弾します。マスコミが小出しに出てくる情報をテレビや新聞、インターネットで知り、あたかもその場にいたかのように他人に伝えます。むろん、実際に深刻な問題があることもあります。けれども、巷に広まってゆくのは、もともと疑わしい情報に推測や創作が加わった「真実」なのです。

お茶の間で、職場で、ソーシャルメディアで、「なんて不道徳な人間たちなのか!」、「こんな人間がいるなんて恥ずかしい」、「罰を与えるべきだ」、「許してはならない!」という怒りの声が盛り上がります。「責任者は謝罪しろ!」と求め、謝罪すると「謝罪のあの台詞が気に入らない!反省していない!」とさらに怒ります。

こんなに正義感が強い人が多いのですから、マスコミが彼らの怒りをかきたてることで、きっと理想的な社会が実現することでしょう。少なくとも怒りの拳を振り上げる人はそう信じているはずです。

でも、現場の事情を知らず、現場に行って長期的に力を貸すつもりがない人たちの「正義感」にどれだけ効果があるのでしょうか?

それを考えていただくために、ぜひこの実話をお読みいただきたいと思います。

【注意】この章を読む前に、必ずこれまでの章をお読みください

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住民が手作りする公教育9

8章 「数学に強いレキシントン」の謎

レキシントン公立学校が「数学に強い」という噂はあるのですが、少なくとも私の娘が小学校に通っているときには特別なプログラムはありませんでした。最高学年の5年生の担任ロビンソン先生は娘に文章を書く情熱を植え付けてくれた素晴らしい教師でしたが、算数が苦手だということは本人も生徒も認めていました。

ほかのクラスでも特に算数が得意な先生はおらず、小学校だけだとアジア諸国に比べて遅れていたといえるでしょう。

けれども、ダイアモンド中学に入学したとたんに状況ががらりと変わったのです。

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