Twitterで英語のHaikuに挑戦

アメリカではTwitterというソーシャルネットワークが大流行。日本でも広まりつつあるようです。英語ですと最長140字までしか書けないのですが、それを利用して「世界最小の短編集」を書いている作家さんもいます。

英語の俳句HaikuをTwitterで書くというTwiHaikuというのがありまして、私もそこで久々に現代詩のノリでHaikuに挑戦してみました。季語なし、ルール無視の現代詩的Haikuです。

NICE means nothing but

Insufferable Sweetness

unless it's you


レキシントン高校Jazzフェスティバルのお知らせ

David_berkman 明日(金曜日)7時半、レキシントン高校にてレキシントン高校ジャズフェスティバルが行われます。ゲストとして以下4つの学生バンドを1週間指導してくれたのは、有名なジャズピアニストのDavid Berkmanです。

LHS Big Band
LHS Jazz Ensemble
LHS Jazz Septet 
LHS Jazz Combo

ニューヨークを基盤に活躍するDavid Berkmanは、David Berkman Quartetと呼ばれるカルテットだけでなくソロ演奏者としても有名です。来週から来日して井上陽介さんというジャズ・ベーシストと一緒に全国で演奏されるみたいですね。

Jazz Ensembleでトロンボーンを演奏している私の娘は、Berkmanの指導が「ものすご~く面白かった」と興奮して報告してくれました。こういう試みを普段から高校で味わえるレキシントン高校のJazz演奏者たちは本当にラッキーだと思います。

私の娘はただの努力家に過ぎませんが、Jazz EnsembleとComboには大人顔負けの素晴らしい音楽家が揃っています。ベーシストのRaviv Markovitzはグラミー賞のユースメンバーに選ばれてグラミー賞で演奏した腕前です(その上に賢くて、コロンビア大学に入学が決まっています)。ピアノのSteven Feifke はバークレー音楽大学の高校ジャスフェスティバルで個人から団体賞を総なめし、4つのトロフィーを得ました。

レキシントン高校のジャズグループのユニークさは、コンペティションに参加するからといってその曲だけをずっと練習したりはしない、ということです。コンサートごとに異なるナンバーをやります。1つの曲が完璧になるまで何度も繰り返し練習する、というやり方ではなくどんどんいろんなものを手がけるのです。コンペティションに勝つことよりも、感性が優れたJazz音楽家を育てることを目指しているようです。

入場料は10ドルです。収益は音楽プログラムを支えるために使われます。どうぞよろしく!

トラベルエージェントなこのごろ

やりたいこと、読みたい本が山積みなのですが、帰国の旅程を立てなければなりません。ようやくみんなの予定がぼんやりとわかって取りかかったら、あやういところでした。JALはもう満席でANAは4席しか残っていないという恐ろしい状態。

最初に飛行機に乗り始めた30年くらい前は意地でも「日本の航空会社のには乗らない!」と思っていたのですが、アメリカの航空会社になれてしまったせいか数年前にJALに乗ったらサービスが心地よくて…。すっかり日本の航空会社のファンになってしまいました。

楽な旅になれている娘に「飛行機では離れ離れで、しかもどまんなかの席だよ。禅修行のつもりで挑もう」と伝えたら「え~、そんな~」という感じ。「私が初めてヨーロッパに行ったころには、安い南回りを使ったからロンドンに行くのに36時間もかかったのだよ。しかもどまんなかの席で!」と説教しはじめたら、さっさと姿を消してしまいました。

食いしん坊の娘は「旅行計画」というと、「回転寿司を食べたい」、「日本でしか食べられない奇妙な食べ物を体験したい」とこればかり。私は、「地便を優先すべきか、ホテルの安楽さを優先すべきか」と悩んでいるというのに。。。結局は、「地便と洗濯(ビジネス系)」、「素敵なホテル」、「地便と洗濯(ビジネス系)」、「素敵なホテル」とサンドイッチにすることにしました。夏に洗濯なしに2週間旅行するのはちょっと怖いですからね。

それにしてもネットは便利ですよね。直接ホテルの予約ができるのですから。昔とは大違いです。地図やクチコミ情報と照らし合わせて選べるのも利点です。訪問するのは東京、京都、故郷の兵庫県北部、と住んでいたことのある場所なのですが、状況はすっかり変わっています。すっかり悩んでしまいました。この2日間、家事以外はすべて旅行の計画ばかり。「これではいか~ん」と思っていたら、夫から「11月のロンドン旅行のホテルを予約しておいて」との依頼。またもトラベルエージェントになってしまいました(ぶつぶつ)。

The_rubens_at_the_palacelondon でも、私好みのホテルが選べるという利点もあるのですよね。「英国でアメリカのホテルには泊まりたくない」、「狭くてもいいから英国を感じるホテルがいい」というのは3人に一致した希望です。ですから思い切ってバッキンガム宮殿のすぐ前にある古いホテルに決めました。「料金のわりに狭い」と文句を言っているアメリカ人がいるようですが、それも英国的。私は、ホテルそのものを観光地としてみなしていますから。

ここは私が大好きな19世紀英国ミステリーの貴族社会の中心地です。そういうことを思いつつ徘徊するのが今から楽しみでなりません。娘は、「高級ホテルでのハイティーを体験したい」とこれまた食べることばかりですが、11月までに英国ミステリーを読ませておこうと思います。

ふたたびノーマルな生活に戻る

ずっと楽しみにしていたBook Expo Americaが終わってしまい、ちょっと脱力気味です。その体験については、「洋書ファンクラブ」と「洋書ニュース」をごらんくださいね。

クリスマス後の子供のようなものです。プレゼント(本!)を眺めて、喜びと寂しさが混じった複雑なため息をついています。

眺めたくないのは、留守の間にたまった家事…。これはまったく複雑ではないため息です。

オバマ大統領からの直接メッセージ「私がソトマイヨール判事を連邦最高裁の判事候補に選んだわけ」

オバマ大統領が直接米国民に、「なぜ私がソトマイヨール判事を連邦最高裁判事候補に選んだのか」を説明しているビデオです。(日本語表記をソトマイヤーとしているプレスが多いようですが、オバマ大統領の発音をお聞きになればわかるようにソトマイヨールのほうが正しいと私は思います)
「みんなに伝えよう!」というメッセージつきでEmailがやってきました。
ですから、みんなに伝えてください。このサイトでオリジナルを見てシェアすることができます。

オバマ大統領が選んだ米連邦最高裁判事候補はラテン系女性

428pxsonia_sotomayor David Souter 米連邦最高裁判事の引退にあたり、オバマ大統領が誰を次の判事に選ぶのかが注目されていました。

本日オバマ大統領が発表したのは、ラテン系(ヒスパニック系)の女性判事Sonia Sotomayor です。もし、彼女の就任が実現すれば、初めてのラテン系(ヒスパニック系)米連邦最高裁判事であり、女性としては3人目ということになります。1954年生まれと若いところも注目すべきところです。

Sonia Sotomayor の両親はプエトリコからの英語が話せないワーキングクラスの移民でした。Soniaは奨学金を得てプリンストン大学で学び、エール大学院法学学校を卒業したところが、オバマ大統領の経歴と似ています。性格の強さでも知られています。

(写真はWikipediaより)

子供に水泳をさせる理由

水泳のことで私のブログを訪問される方が増えてきたようですので、ちょっと付け足したいと思います。

私たちが娘に水泳をさせたのは、「将来一緒にサーフィンをする」というのが夫の夢だったからです。娘が幼いときに夫が私に「プールに連れて行って水に慣れさせてくれ」とうるさく命じたのは、典型的な日本人の私が海で泳げない人だからです。私はプールであれば足がつかなくても大丈夫ですが、海で波が出たとたん怖くておぼれそうになります。だから海では夫のひとり遊び。娘が泳げるようになることに夫がこだわったのは、「一緒に海で遊びたい」からだったのです。

もうひとつの理由は、人生を楽しむためにはいろんな遊びができたほうがいいからです。北米の人と旅行に行くと、私だけが海の深いところに行けなくて、悲しい思いをします。こちらでは肥満体の人でも80歳くらいの老人でも平気で波にぷかぷか浮かんで楽しそうに遊んでいます。それを見て、私はいつも悔しい思いをしているのです。

でも、いきなり水泳教室やチームに入れたわけではありません。1歳未満から4歳までの間は、ただプールや海に連れて行って、水に慣れさせていただけです。4歳のときに一応始めた水泳のレッスンも親が一緒の「顔を水につけてみましょ~」、「足をバタバタさせて~」の程度です。競泳の世界に関わるようになったのは、ただの偶然です。知っていたら、たぶん始めていなかったでしょう。

競泳の世界を10年間経験し、オリンピック選手とその親を直接知っている親として、小さなお子さんに水泳を習わせようとしている親御さんたちに私が学んだことをいくつかお話ししたいと思います。

1.早期に始めても、10歳以降に競泳を始めた子に追い越されることが多い。また、自分でやりたくて始めた子のほうが伸びる。

  近所に住む娘よりひとつ年下の少女は10歳くらいまで体操をしていたのですが、怪我をして水泳に切り替えました。その当時にはターンの仕方も知らないほどだったのですが、12歳で6歳に始めたシリアスな競泳者たちを抜くようになりました。他にも、12歳くらいからシリアスに競泳を始めて16歳で全国大会の出場権を得た子もいます。

2.早い時期に栄光をおさめると、途中で挫折してやめるケースが多い。

  私の娘は8歳でニューイングランド地方の平泳ぎ2種で優勝し、以降13歳くらいまでずっとニューイングランド地方でランキングの上位に位置してきました。国際大会の年齢別で入賞したこともあります。思春期で身長が伸びてゆく子に追い越されるつらさとコーチからのプレッシャーに負けずに自尊心を保ち続けるのは難しいものです。8歳のころにニューイングランド地方で上位に入っていた子のリストを見ると、多くの子が現在泳いでいません。

4.才能があっても泳ぐことを楽しんでいない子は、たとえ競泳で成功しても、のちに大きな問題を抱えて人生に挫折することがある

  娘が昔属していたチームからオリンピック選考大会に出場し、スカウトでプリンストン大学に入学した少女を知っています。親とコーチからのプレッシャーで泳ぎ、精神的にちょっとおかしくなっていた彼女は、学業で挫折し、アルコール依存症になり、大学から切捨てられました。その他にも、このチームに属していた多くの少女が現在でも拒食症などの心理的な問題を抱えています。

5.才能は生まれつきのもの。親やコーチの役割はその才能を殺さないよう大切に育むだけのこと。みんなある程度の才能は持って生まれているが、天才は「突然変異」のようなもので平均的な人間とは異なる。「天才は作れないということを自覚しないと才能だけでなく子供の人生を殺すことになる

  娘より6ヶ月年上のオリンピック選手を彼女が7歳のときから知っています。

  もともと泳ぐのが大好きで、海で泳ぐことから始めた子です。それについては過去のブログに書いていますが、泳ぐことが好きで好きでたまらない!という子なのです。でも、彼女の弟はスイマーとしては非常に凡庸な才能しかないようです。もうひとつの例は、一卵性双生児の少女2人です。親はどちらも同じように育てていますが、一人は全国大会の出場権を得るほどの才能で、もう一人はどんなに頑張ってもひとつ下のレベルの大会にしか出ることができません。つまり、才能とは生まれつきのものなのです。

  問題は、親が子供を天才に育てよう、とやっきになることです。

6.なぜ子供に泳ぎを教えたいのかを自問すること。

  2歳や3歳の子にスパルタ式の水泳レッスンを受けさせたがる人がいるようですが、そんなことをしても何の役にも立たないだけでなく、心理的に深い傷を負わせ、水泳嫌いを育ててしまう可能性があります。泳ぐ楽しみを学んで欲しいのであれば、一緒に水を楽しむことから始めましょう。レッスンはもっと遅くからで十分です。

  また、レッスンを始めるとしたら、「楽しい」場所を選びましょう。楽しければ、いつか自分のほうから「競泳をしたい」と言い出します。もしあなたのお子さんにオリンピック選手になるような才能があるのであれば、それからでも十分間に合います。

  私の娘が他の水泳ママたちを見て言っていたことです。「あのお母さんは、他人に自慢をしたいから子供に泳がせている」。競争の激しい世界に入り込むと、どんなに心がけていてもつい自分を見失うことがあります。そんなとき、胸に手を当て、「私はわが子のために行動しているのだろうか?それとも自分のエゴのためだろうか?」と自問してみるのは大切なことだと思います。これは私自身の体験から申し上げることです。

高校のボランティアはまるで同窓会

昨日と今日はレキシントン高校の合唱、オーケストラ、吹奏楽の春のポップコンサート。一年を通してコンサートは山ほどあるのですが、これはボストン・ポップのようにお菓子やドリンクをいただきながら映画のテーマ曲などを楽しむという催しです。いつもは着る服も規定があります(黒と白が基準)が、ポップのときはそれ以外の色です。とくに女の子のドレスは華やかで、それも楽しいところです。音楽そのものを楽しめるので、家族だけでなく、高齢者や将来子供に音楽をさせようかどうか考えている小学生の親子までやってきます。

公立学校ですから、これらの音楽や芸術プログラムを支えるのには資金が足りません。それを援助するための非営利団体がFOLMADS(Friends of Lexington Music, Art and Drama Students, Inc. )です。私もFOLMADSのボランティアとして演劇やコンサートのたびにドア番をしているのですが、これがけっこう楽しいのです。いろんな人が声をかけてくれますから。昨日も私がつけているFOLMADSのバッジを見て、フレンドリーなおじいさんが「FOLMADSとはなんぞや?」とたずねてきました。もともと物忘れが激しいうえに、ちゃんと覚えようという気がないもので、こちらはあやふや。「え~っと、Friends of Lexington Music….」まで言って、後は「ま、そんなところ」とお茶を濁したら「ははは」と勘弁してくれました。もっと短い名前にして欲しいところです。

もうひとつの楽しみは、しばらく会っていない人と再会できること。ついおしゃべりを始めて、仕事がおろそかになったり…

昨夜は12年ぶりという再会がありました。

一緒にボランティアをしていた女性の息子さん2人と私の娘が実は保育園の同窓生だったのです。

それ自体はそんなに不思議ではないのですが、彼ら2人と娘はJazzのプログラムで仲良くしていて、私はその子たちがどんなに優れた音楽家かということを娘からよく聞かされていたのです。しかも、コンサートで彼らのソロ(サキソフォンとギター)もちゃんと聞いて「すごい」と感心していたのです。そのうえ、一昨日彼らの近所を通りかかったときに「この近くに住んでいたアンドリューって男の子は4歳とは信じられないほど礼儀正しくて良い子だったのよ。今どうしているのかしら?」と話していたところだったのです。その子たちのお母さんに昨日再会するまで、あのアンドリューとこのアンドリューが一致しなかったのです。

娘にその話をしたら、「え~っ!私ネートとアンドリューを保育園のときに知ってたの?」とびっくりしていました。ちなみに、アンドリューは今でも「静かで礼儀正しい」男の子だということです。お兄ちゃんはまったく違う性格らしいので、「礼儀正しい」は後天性としても、「静か」は生まれつきのようです。

ひさびさに才能を殺さない教育を更新

リクエストが多いので、久々に「才能を殺さない教育」を更新しました。

そういえば、2年も怠けてたんですね。取材を始めたころにまだ小学生だった子が今では高校生。中学生ももうじき大学生です。あの当時に「この子は将来が楽しみ」と思った子が元気に楽しく暮らしているのを見て、嬉しく思っています。

才能を殺さない教育 第三章 子供の発達に合わせた学校教育(3)

ではどういう数学教育が良いのか?

私の娘が高校で「数学は勉強しなくてもわかる」というレベルに達したのには、3つの理由があると私は信じている。
ひとつは、幼いときに高速計算練習をしなかったことである。もうひとつは、そういう同級生(と彼らの母親たち)に馬鹿にされて「私は数学ができない」と悲観している彼女に、「早く計算できることと数学ができることは同じではない。後にそれを証明してみせるから、お母さんを信じなさい」と自信を持って約束し続けたこと。そして最後に、中学校で理想的な数学教師を獲得したことである。

娘が通った中学校では、子供の学習スタイルに会った教育チームを希望することができる。私が唯一希望したのは、ロシア出身の数学教師タチアナ・フィンケルスタインである。
変人として有名な彼女は保護者への説明会で一方的にこう語る。
「いつも尋ねられることですが、私は教科書は使いません。なぜかというと、教科書はBadだからです。私は使いませんが教科書は渡します。見たい人は勝手に見てもらってけっこうです。役には立たないと思いますけれどね。いろんなことを子どもに詰め込んで、そのときだけできても意味はありません。子どもたちはよく、『あ、それ知ってる、知ってる』と言います。すると私は、『じゃ、説明して』と要求します。そうしたら子どもたちは、『見たことはあるけれど、忘れた』と言います。一回習っても、それは『聞いたことがある』とか『見たことがある』程度なんです。知ってることにはならない」
彼女は「教科書を使わない」という発言に表情を曇らせる親を見てもひるまない。
「教科書がないのにちゃんとカリキュラムを終えられるのかどうか心配する親がいますけれど、大丈夫です。教科書なんかなくても、生徒はちゃんと必要なことは全部学びます」

授業もそんな感じである。
「もし猫を見たら、あなたたちは猫だとわかるかね?」
いきなりそんなことをたずねる。
生徒たちは、裏がありそうだと思いつつもいっせいに答える。
「もちろんわかるよ」、「見たらわかるに決まってんじゃない」
思惑通りの答えにフィンケルスタインはにやりと笑う。
「でも、なぜ猫だとわかる?」
犬にも尖った耳や長いしっぽがあるものもあるし、ネズミにもヒゲがある。猫とはどういう動物のことを言うのか。目の前の動物がそうだと断定するためには、どんな証拠が必要なのか。
しんとした生徒たちを見渡して、フィンケルスタインはロシア語なまりの強い英語で諭す。
「他人が『あれは猫だ』と言っても、そのまま信じちゃいかんよ」
こうして「定義と証明」について学んだ生徒がそれを忘れそうになったころ、フィンケルスタインは生徒にまたこんな質問をする。
「無理数って知ってるかね?」
「円周率は無理数だよ」
「円周率が無理数だってなんでわかるの?」
フィンケルスタインは口数が少なくなった生徒に繰り返す。
「他人が『あれは猫だ』とか『円周率は無理数だ』と言ってもそのまま信じちゃいかん。人は知らなくても知ったフリをするもんなんだから。信用できるのは自分だけなんだよ。自分でそれを証明するまでは、猫に見えても猫じゃないと思わなくちゃ」

全国的に有名なレキシントン高校の数学チームでキャプテンを務めるジュリア・ジェングは、両親がそろってアイビーリーグの大学院を卒業した中国人だが、(アジア系移民としては)ユニークな教育方針のために幼いときに高速計算練習をさせられていない。だから、私の娘のように小学校時代は算数が嫌いで「私は数学ができない」と信じていた。空想好きで小学生のときからファンタジー小説を書いて友達に読ませていたジュリアの得意科目は国語だった。
そんな彼女を数学好きにしたのは、フィンケルスタインが新入生に勧めるミヒャエル・エンデの「果てしない物語」とアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの「星の王子様」だった。フィンケルスタインの言葉に耳を傾けているうち、ファンタジーと数学の世界には共通点があると思うようになった。ひとつの謎を解くたびに、物語の真相に近づいてゆくのがゾクゾクするほど面白い。謎を解く鍵である数学理論をもっと知りたいと思ったのが数学好きになるきっかけだった。

これは、フィンケルスタインが新6年生(レキシントンでは中学校1年生)の最初の週に与える宿題のひとつである。
——–
ほんの少し昔のこと。怠け者イワンがロシアの橋の妖精トロールに会いに行った。そのときの話を聞かせてあげよう。

怠け者イワンは独り言を言った。
「みんな仕事を見つけるか、さもなくはトロールと取引しろと言うけれども、トロールが僕を金持ちにしてくれるなんて思えないなぁ」
そう言い終えるやいなや、近くの橋からトロールが現れてこう尋ねた。
「イワン、おまえは金持ちになりたいんだね」
イワンはうなずいた。
「じゃあ、おまえが橋を渡るたびにポケットの中にある金を倍にしてやろう。おまえは、橋を渡るだけでいい」
早速橋を渡り始めたイワンをトロールが呼び止めた。
「こんなに気前よくしてやっているのだから、私の苦労にちょっとした礼をくれてもいいんじゃないか?どうだい、橋を渡るたびに8ルーブルくれるってのは」
イワンはトロールの申し出を承諾し、いそいで橋を渡った。ポケットに手を入れると、魔法のようにお金は倍になっているではないか。そこでイワンはトロールに8ルーブル投げ渡した。2回めも3回めもポケットの中の金は倍になったが、3回目に8ルーブルを渡したところ、ポケットの中は空になっていた。
トロールは大笑いをして姿を消した。

さて、タチアナも自分の運を試してみようと思った。
しかし、3回橋を渡り終えたところで、彼女はトロールにこう叫んだ。
「なんてことよ!ミスター・トロール、私の手持ちのお金はあなたに会う前とまったく同じじゃないの。前よりも金持ちでもなければ、貧乏でもない。とんでもない橋の魔法だわ」
タチアナとイワンが最初に持っていたお金はいくらだったのかな?
(答えはこちら。でも次の問題もあるので、後回しにすることをおすすめ)

次もフィンケルスタインが6年生に出す「五つの部屋がある家」(下記の図)の問題だ。
「すべてのドアを一度だけ通るとして、全部のドアを通ることは可能か?」という難問である。

Photo_5

フィンケルスタインは簡単に答えを与えず何週間も悩ませておく。思考する過程こそが重要だと思っているからだ。だから時間ができると生徒は自主的に黒板に集まってああでもない、こうでもないと言い合う。
「この問題は、outside box(箱の外、つまり既定の思考の枠組の外で考える。独創的という意味)でないとダメだ……」独り言を大声でつぶやきながら、黒板に箱の絵を描いている子もいる。
一日じっくりひとつの教科を学ぶ「プロジェクトデー」でオイラー閉路やハミルトン閉路を試みるのも同様の理由だ。これらは、「一筆書き」のようにそれぞれグラフのすべての辺、あるいは点を一度だけ通る閉路のことで、大学のグラフ理論で研究されたりする難問だ。
実は、先の「五つの部屋がある家」もこの種の質問である。「できるかできないか?」、「それはなぜなのか?」、「そこにパターンはあるのか?」と自由に話し合うことで、生徒たちは、「自分の頭を使う」訓練をするのである。
(答えはこちら

教科書を使わないので親も子も気づかないが、ノートや宿題を見ると、6年生の9月から5月までのたった9ヶ月で素因数分解や連立方程式、不等式だけでなく、円の性質や確率、平方根、ピタゴラスの定理と証明、相似図形など日本の中学3年間で教わることをほとんど学んでいる。
私の娘は中学の推薦で13歳のときに大学入学選考に使われる共通試験のSATを受け、数学で4問ケアレスミスをしただけで残りは全問正解だった。試験のための勉強はまったくしていない。すべて学校で学んだ知識だけで十分答えられる内容だったという。
教科書を使い、放課後に塾に通う生徒たちよりもフィンケルスタインの生徒が数学ができるようになるのは、生徒に自分の頭を使って謎を解くことの喜びを教えるからである。

フィンケルスタインを取材したときに、最も心に残ったのが次の言葉である。幼い子供を育てている親にはぜひ読んでもらいたい。

親や教師の言動で最悪なのは、「今おまえがやっていることはすべて、将来のためなのだ」と教えること。まるで今よりも将来のほうが良いことがあるみたいにね。でも、そういう人は「今を楽しまずに嫌いなことを一生懸命やるのは将来のためだ」という態度を大人になってもずっと続けてるでしょ。まるで、それを続けていると死を免れるかのように。でもね、誰だって最後には死ぬんだから。
そういうことを言う大人が今楽しそうに生きていなかったら、子どもは「何のために今がまんしなければならないんだろう?」と思うでしょ。
子ども時代ってのは、一番楽しいものなんですよ。だから、楽しませなくちゃ。大人になるために子供時代を犠牲にするのはもったいない。