アメリカの若者の心境ーSomewhere I Belong by Linkin Park

私は、高校生のころ、同級生の多くが日本の歌謡曲を聴いているなかで、英国のロックに浸っていました。ビートルズはもちろんですが、当時すでに過去のバンドです。同時代のミュージシャンでは、David Bowie, Pink Floyd, Deep Purple, T-Rex, Led Zeppelinなどに惹かれ、彼らの歌を理解したくて歌詞の邦訳を見ても、なんだか謎々のようで意味が不明です。そこで、自分で謎解きをしたくて辞書を引いたりしたものですが、やはり謎は深まるばかりでした。

英語圏で暮らすのは計15年近くになり、15歳の娘が好きなバンドのコンサートにもつきあい、ようやく歌詞が自然に理解できるようになりました。というか、英語の歌詞のほうが、実感を抱けるようになってしまったのは、アメリカ人の若者と語る機会のほうが多いので、この社会の若者の心境のほうが理解しやすくなってきているからかもしれません。
(翻訳を載せて差し上げたいところですが、著作権の侵害にあたる可能性があるので、控えさせていただいています)どうしても邦訳を知りたい、という方はメールでご連絡ください。全員にお返事するという約束はできませんが、昔の私のような若者であればご協力できるかもしれません。

最初にご紹介したいのは、Linkin Park (リンキン・パーク)の「Somewhere I Belong」です。Linkin Parkはカリフォルニア出身のロックバンドで、ニュー・メタル、オルタナティブなどいろいろなジャンルとして紹介されていますが、本人たちはそういうレッテルを貼られることは嫌なようです。何でもやりたいことをトライしてゆくでしょうから、ただのロックで良いのではないかと思います。「Somewhere I Belong」は、2003年にリリースされたアルバム「Meteora(メテオラ)」に収録されています。コンサートでは、観衆がバンドと一緒になって歌う曲のひとつです。

周囲からのプレッシャーで自分を見失い、反抗し、そんな自分が嫌いで、自分を受け入れたいし、癒されたい、自分をありのまま受け入れてくれる居場所をみつけたい、そういう若者の心境をよく表現しています。特に男の子に人気があるのが良くわかります。

 

Linkin Park (リンキン・パーク)– Somewhere I Belong

マスコミを信用してはならない

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昨日、4州(オハイオ、テキサス、ヴァモント、ロードアイランド)で大統領予備選が行われ、民主党では、オバマがヴァモント州で圧勝したものの、残りの3州ではすべてクリントンが票の過半数を獲得しました。選挙結果はこちら
昨日のCNNおよびMSNBCの政治番組では、ほとんどのキャスターや政治評論家の意見は「オバマの勝利は明らか。今日の選挙が終わったらクリントンは、民主党の団結のために敗北宣言をするべき」というもので、誰ひとりとしてこの結果を予想していませんでした。クリントン大統領夫妻の長年の友人でヒラリー・クリントンのCampaign Chief Fundraiserを務めているTerry McAuliffeがMSNBCで「ヴァモントはオバマが勝つが、あとの3州ではヒラリーが勝利する」と宣言したとき、Chris Matthewsを含め、MSNBCのキャスターや評論家たち全員が大笑いしました。
彼らの論調で非常に強い疑問を抱いたのは、前回のブログにも書きましたが、ヒラリー・クリントンに対する「何事も計算ずくの女」という批判、そして黒人票が圧倒的にオバマに偏り、高齢の白人女性の票がクリントンに偏っているのを、互いへの「反対票」として分析していたことでした。
けれども、実際に投票に並んでいる者のインタビューでは「オバマとクリントンのどちらも好き。実際に投票用紙に向かうまでどちらにするかわからない」と答える人が多いのです。私の周囲でも「ヒラリーが嫌いだからオバマに投票する」という人は皆無で、「どちらでも共和党に勝ってくれる人を選びたい」というのが大部分の民主党員の意見なのです。

主要なメディアの政治番組だけを見ている人は、バランスがとれていないために「クリントンに勝ち目はない」、「彼女はネガティブだ」というイメージを抱く選択肢しかありません。けれども、討論を最初から最後まで聞き、候補者のサイトを訪れて医療保険や経済政策を読めば、自分で候補者の善し悪しを判断することができます。たぶん今年は、テレビだけでなくインターネットなどを利用して自分で候補者を選びたいと思っている人が多いのではないでしょうか。
11月の選挙では、マスメディアを鵜呑みしない人がマジョリティであることを祈っています。

アメリカ合衆国では人種差別と性差別のどちらが強いか

今日4州(オハイオ、テキサス、ロードアイランド、ヴァモント)で行われる予備選は、その結果次第で民主党大統領候補が決定する可能性があると言われている重要なものです。というか、今年の予備選は、普段の予備選に比較して「すべての州が重要」になっています。
現時点では、勝利した州の数と「代表議員(delegates)」の数でバラック・オバマが有利ですが、今後彼がすべての州で勝利しても、過半数の代表議員数を獲得することは無理です。勝敗を決めるのは、スーパー代表議員と呼ばれている民主党の重鎮たちの票になります。彼らは、投票者には関係なく、自分の意志で候補を選べる人たちです。実際の大統領選挙で共和党候補に勝てるかどうか、というのが彼らの選択の条件になるわけですが、彼らに普通の選挙人の心が読めるかどうか、というのは大いに疑問です。というのは、4年前に民主党は「選挙に勝ちやすいだろう」という計算でジョン・ケリーを選んで失敗しているからです。どうせ負けるのなら、戦争に最初から猛反対し、若者や無所属の投票者を魅了していたハワード・ディーン(現在、民主党全国委員長)を押すべきだったのに、彼に「ばかげた候補」というイメージを与える戦略にマスコミと一緒になって荷担したのですから。

さて、マスコミがあまり語らないことですが、この選挙では「人種差別(バラック・オバマ氏の父親はケニヤ人で母親は白人)」と「性差別(ヒラリー・クリントン)」のどちらが現在のアメリカ合衆国では根強いのかかいま見ることができます。
4年前の民主党党大会のときに私はバラック・オバマに注目し、長年民主党に深くかかわってきた友人たちに「4年後はオバマだ」と予言しました。すると彼女たちは、「彼は若すぎる。経験がない。アメリカの大部分は黒人候補を受け入れる心の準備ができているとは思えない。10年待つべき」と笑いました。
その友人たちがオバマを支持するようになった現在、私の支持はヒラリー・クリントンに傾くようになりました。それは彼女が女性だから、というわけではなく、2人の討論を聞き、彼女のほうがすべての分野で深い知識と行動力を持っていると感じたからです。

Chris-matthews-1 また、興味深いのは、MSNBCの政治番組「Hardball」のキャスターであるChris Matthews の ヒラリー・クリントンに対するコメントに強い性差別を感じるようになったことです。最初のころにはバラック・オバマのファンだった私です。4年前に友人が「ヒラリー・クリントンのほうが勝ち目がある」と言ったとき、「彼女は好感度がよくないから」と返したのは私です。

その私が、毎日Chris Matthewsのコメントとオバマ対クリントンの討論を聞き比べているうちに、ヒラリー・クリントンのファンになっていったのです。

そもそも「好感度がよくない」という4年前の私の印象は、実は私自身が抱いたものではなく、マスコミから与えられた印象でした。実際に彼女の討論や講演会の様子をすべて(ここが大切です。ニュースで編集されたものは、編集した者の意図を反映するものだけですから、だまされます)見ると、彼女はけっこうユーモアのセンスがあり、すごく頭が良いことがわかるのです。わが娘も討論を聞いていて、「ヒラリーってものすごく頭がいいね」と好感度を高めたようです。

しかし、マスコミの討論の評価を聞くと、私たち家族が受けた印象とはまったく別のことを語っています。オバマの評価は甘く、ヒラリー・クリントンが軍事関係で意志の強さを見せると「怖い女」といった評価になり、熱意のあまり涙ぐむと、「弱いところを見せて同情されようとしているが、計算ずく」と、これまで仕事の場で多くの女性に対して与えられた性差別が噴出します。

Chris Matthewsのヒラリー・クリントンに対するコメントの例には以下のようなものがあります。(詳しくは、Media Matters For Americaのサイトをどうぞ)

"[T]he reason she's a U.S. senator, the reason she's a candidate for president, the reason she may be a front-runner is her husband messed around. That's how she got to be senator from New York. We keep forgetting it. She didn't win there on her merit. She won because everybody felt, 'My God, this woman stood up under humiliation,' right? That's what happened."

(彼女が上院議員である理由も、大統領候補である理由も、最有力候補になるかもしれない理由も、彼女の夫が女たちにちょっかいを出してきたからだ。だから彼女はニューヨーク選出の上院議員になったんだってことを、我々はすぐ忘れてしまう。彼女は実力で勝ったんじゃない。みんなが「この女性は屈辱を受けながらも夫を支えたのよ。すごいわ」と同情したからだろう?だから彼女は上院議員選挙に勝ったんだ)(注:Chris Matthewsがここで意味しているのは、ビル・クリントンのモニカ・ルウィンスキー事件)

ヒラリー・クリントンがビル・クリントンの浮気に関する同情票で勝ったというのは、極めて言い過ぎです。ヒラリー・クリントンは、同時テロの後マスコミに作られた悪い印象によりニューヨーク市の警察官や消防署員からブーイングされたことがありますが、2回めの上院議員選では彼らから強い支持を得、男性票も過半数を得て大勝利しています。敵を味方に変えることができた彼女の手腕をパワーあるマスコミがまったく無視して「同情票」と言い切るのは、差別以外のなにものでもありません。ある番組で政治に強い関心のある女性コメディアンが「この国では、人種差別よりも女性差別のほうが強い」と憤っていたのは、残念ながら事実 だと思います。

Walk the Walk

"walk the walk"ということわざは、“if you’re going to talk the talk, you’ve got to walk the walk”を短縮したもので, 「口先だけではなく、行動で示す」または「有言実行」といった意味です。 “actions speak louder than words” 、最近では"Walk the talk"とも短縮されています。
「あれをしろ、これをするな」と子を叱るくせに、自分ではそれを守らない親が沢山いますよね。教育の場にも沢山そんな教師がいます。私は子供のころそういう大人が一番嫌いだったので、親になったときにこれだけはしまい、と心に決めました。また、物心がついたころから娘にもこの信念を伝え、私がそれを破ったら即座に知らせてくれるように頼んできました。
娘によると、これまでのところまあ合格のようです。

娘が幼いころから私たちが言い続けているのは、「人生は競争ではない。あなたの人生はあなたの人生。私たち親のために学問やスポーツをするな。他人の評価を気にせずに、自分のやりたいことを選びなさい」というものです。
でも、実際はそんなに簡単なものではありません。
サッカー、ピアノ、フィギュアスケート、小学校時代の算数などでは、周囲からの(アジア系の親子からの)競争プレッシャーはありましたが、さほど苦悩することはありませんでした。でも、娘に多少の才能がある水泳と数学の分野では、"walk the walk"が何度か揺らぐことがあります。彼女は徹底的に他人の評価よりも「自分がやりたいこと」を優先し、挫折しても、「なにくそ。見返してやるぞ」といったハングリー精神がまったくないのです。ときどき私は、「もうちょっと努力すれば、もっとよい結果が得られるのに」と言いたくなります。でも、このフラストレーションは、彼女の人生を思ってのことなのか、私の親としてのエゴなのか、自分でもときどき判断がつきません。そこで私は苦悩するのです。

娘は13歳のときに中学校の推薦で大学入学選考に使われるSATテスト(普通は高校3年生の16歳か17歳で受験)を受け、まったく受験勉強をしていないにもかかわらず数学で700点(800点満点。4つのミスはすべてケアレスミス)を取りました。また、スタンフォード大学のThe Education Program for Gifted Youth (EPGY)のThe EPGY Mathematical Aptitude Testでは、logicの分野で全米人口のトップ1%に属するという結果を得ています。小学校低学年のときに同級生の誘いで2回だけ公文式に行ったことがありますが、教育方針が私の信念と合わないので即座にやめさせ、それ以降は公立学校の教育のみです。足し算と引き算はのろいし、よくケアレスミスをしますが、コンセプトに関しては、「難しいと感じたことは一度もない。教科書をちょっと読めば新しいことでもすぐに理解できる」と言います。テストのために勉強をしたことは一度もありませんが、ミスをしない限り常に100%の成績です。

娘が通っている公立学校では、中学校から数学に3レベルあり、高校では飛び級をできるシステムがあります。中学校3年生の教師から高校1年生の一番上のレベル(オナーズ)をとばして2年生のオナーズに進むことを薦められたのですが、当時の水泳チームで午前5時からの朝練習と午後8時半までの夜練習を強要されていたために、娘は「学校では楽をしたい」と飛び級をしないことを選び、私たち親もその決断を尊重しました。
ところがいったん高校に入り、オナーズレベルの代数学を始めてみると、新たに学ぶことがほとんどなく、しかも担当の教師は娘が間違いを指摘してもそれを理解できないというのです。数学的に「簡潔で美しい」答えにしたために「間違い」にされてしまったこともあるというのです。授業中全く何もすることがない娘は、自分の選択ミスを後悔し始めました。そこで私は「自分で決めたことなのだから、自分で対策を探してきなさい」と提言し、彼女は自分で数学主任との会見の約束を取り付けてきました。

数学主任によると、そのときはまだ学校が始まってまだ1週間たったばかりでしたが、2年生のオナーズクラスはすでに満員でクラス替えは不可能だということでした。
娘が与えられた選択肢は2つです。ひとつは、現在のクラスを受けながら、大学のオンラインコースで2年生で学ぶ幾何学を学び、両方のテストを受け、A以上の成績を取り、来年2年生の数学をとばして3年生のオナーズを学ぶことです。もうひとつの選択肢は夏休みに私立学校の夏コースを取り、2ヶ月で1年分の幾何学を学びテストでAを取ることです。娘の場合は夏休みも水泳の練習があるので私立学校のコースを取るのは不可能ですが、SATで一定の成績を取っているので大学のオンラインコースを取ることができます。けれども、学校で1年かけて学ぶ幾何学を自宅で6ヶ月で終えるオンラインコースを受けるとなると、すでに時間的に水泳と宿題の両立が難しい彼女にとって睡眠時間さえない生活になってしまいます。

娘の通う学校では飛び級のシステムがあるゆえに、さほど数学が得意でもなく、教師から薦められていないにもかかわらず、親が圧力をかけて飛び級をする生徒がけっこう沢山います。この学校では、1年飛び級すると、高校4年生(高校は4年制)でハーバード大学の延長クラスを受けるシステムがあるからです。彼女の仲良しサークルの友人のうち3人はすでに1年とばし、来年は2年とばす予定のようです。

娘は、それらを考慮した結果、またも「飛び級はしない」という結論に達しました。
「飛び級をしても、現在と同じ問題(数学ができない教師にあたる)が起こらないという保証はない。飛び級したからといって得られるものが大きいわけではなく、大学入学に有利になるから親がプッシュしているケースがほとんど。お母さんがいつも言っているように、高校生活は良い大学に入学するためにあるのではないし、そうあるべきでもない」というのが理由です。

「来年また後悔するんじゃないの?」と私はため息まじりに尋ねました。
彼女は、「水泳もして、吹奏楽とオーケストラもして、そのうえ数学を2コース取るなんてクレイジー。友達と会ったり、エレクトリックギターの練習をしたり、ロックコンサートにいく時間も欲しい。I want to have a life (私は人生を楽しみたい)」と答えます。

実は、娘は同じような理由で新しいチームに入ってから水泳の朝練習をすっかりやめたのです。
現在のコーチは、「もっと練習すれば速くなれるのに」とハングリー精神のない彼女を不可解に思っているようですが、今のところ放任してくれています。以前のチームでもっと速く泳いでいた娘は、全国レベルに達するようプッシュするコーチのプレッシャーで水泳そのものをやめたくなり、その結果現在のチームに移籍したのです。
片道1時間以上もかかり、しかもオリンピック選考会に行く選手がニューイングランド地方で最も多いチームに移籍するのを選んだくせに、2年前よりも遅くなった娘です。その彼女が、「速く泳いで水泳を憎むよりも、2秒遅く泳いでハッピーでいるほうがよい」と現況に満足しているのは、親としては複雑な心境です。

私はときどき娘にハングリー精神が欠けていることをどやしたくなりますが、わが身を振り返ると、宿題はしなかったし、自分のやりたいことしかやらなかった人間です。
「親の私がプッシュしなかったために、娘が人生の落伍者になったらどうしよう?」という不安を抱きながらも、「(子供を追い詰める)典型的なアジア人のお母さんにはならないでね」と言う娘の選択を尊重するのが、私にとっては"walk the walk"を徹底することなのだと毎日自分に言い聞かせています。

これはけっこう難しいことです。

歳を取ってからの楽しみ

短期間で暖かい場所に逃げ出せる、という条件ででかけたプエルトリコ。
家族でひとりだけサーフィンができない私にとって、ビーチで楽しめるのはぷかぷか波に浮かぶのとジョギングだけ。
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iPhoneで音楽(今回は、H.I.M, Three Days Grace, Breaking Benjamin)を聴きながら、このビーチを端から端まで裸足で2往復(約1時間)してきました。膝を痛める不安と同じ風景に飽きることがなければ、もっと走っていたいくらいでした。

翌日は、木々や谷間をロープで滑り渡るジップラインアドベンチャーを初体験。最初は緊張しましたが、2回目からは「もっとスピードが欲しい!」と願ったくらいで、最高に楽しめました。
幼稚園のときにはしごを1段上っただけで泣き出すくらい高所恐怖症で、短距離では自分で自分の足を蹴って転び、(たった5km)の高校のマラソン大会を1度も完走したことのない私にとって、若かりしころの「苦悩」が47歳の今の「快感」になっているというのは感慨深いものです。

早々に人生に落胆している若者に、「人生はもっと生きてみないとわからない」と伝えてあげたいものです。

スーパーチューズデーの醍醐味

明日は、「アメリカで最も強いフットボールチーム」のタイトルをめぐり、ボストンのペイトリオッツとニューヨークのジャイアンツが対決する「スーパーボウル」が行われる日です。試合中は、全国的に救急施設が最も静かになるのですが、試合が終了したとたん最も忙しくなると言われています。皆がテレビの前に釘付けになっている間は世界が平和なのですが、試合が終わったとたんに酔っぱらいが外に出て交通事故や騒動を起こしたり、喧嘩を始めるからです。

そして来週火曜日は、24州で同時に大統領予備選が行われるスーパーチューズデー。これは、ひょっとするとスーパーボールに近い視聴率になるかもしれません。

合衆国の大統領選挙では、民主党と共和党の二大政党が党の候補を指名するためにそれぞれ予備選挙を行います。その方法がちょっと変わっています。予備選挙は、大統領選挙の本選のように直接選挙制ではなく、代表候補を指名する党大会に出席できる「代表議員(delegates)」の数を決めるものなのです。
代表議員の数を決める方法にも、党員集会(caucuses)または予備選挙(primaries)の2種類があります。党員集会は、タウンミーティングのように党員が会場に集まって自分が支持する候補を表明し、話し合いで決定する方法です。「クリントン支持者は部屋の右側に集まってください。オバマ候補の支持者は左側です!」と支持者が部屋の隅に集まり、最低の割合に達さなかった候補の支持者が、別の候補の支持者に「オバマのグループにおいで」と誘われて移動する姿は、まるで100年前の村の集会を見ているようです。
けれども大きな州はたいていカーテンの陰に隠れて投票する普通の選挙です。
そして、全国党大会で過半数の代表議員の支持を得た候補が党の指名候補になるのです。
スーパーチューズデーで決定する代表議員の数は全体の52%。だからとても大切なのです。

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私が住むマサチューセッツ州でもスーパーチューズデーに投票があります。
これまでの意識調査ではヒラリー・クリントンの支持がバラック・オバマを上回っているということですが、私が住んでいるレキシントン町ではオバマの勝利を予想しています。(民主党員に限ると)高収入で高い教育を受けている者ほどオバマを支持する傾向があるというマスコミの分析はこの町に限って言えば正しいようです。

私自身も4年ほど前からずっとオバマのファンでしたが、最近ヒラリー・クリントンの演説やディベートを真剣に聞けば聞くほど、彼女のほうが適任者ではないかと思うようになってきました。複雑な問題の理解度、具体的な解決方法の提示、などの点では民主党と共和党を含めて、ヒラリー・クリントンの右に出る者はいません。
ただし、オバマは人々に活力や希望を与えることができ、これまで政治に興味を持たなかった者を引き込むという点で他者より遙かに優れています。
「ヒラリー・クリントン大統領候補+バラック・オバマ副大統領候補」というチケットが現時点での私の希望です。

今年の大統領選挙は歴史に残る

多くの重要な出来事の中でも、人々の心に「世界が変わった瞬間」として長く残るものはほんのわずかです。
JFK(ジョンFケネディ)は、カソリック教徒として初めての大統領になり、弟のロバート・ケネディとともに黒人の公民権運動に貢献しました。キング牧師とジョン・ケネディ、ロバート・ケネディの活躍と彼らの暗殺は、60年代のアメリカの変化を象徴しています。

そして今日、ジョンとロバートの弟であるテッド・ケネディ上院議員とジョン・ケネディの娘であるキャロラインが、オバマ候補を公式に支持することを公表しました。テッド・ケネディとキャロライン・ケネディの傍らで支持者たちに手を振るバラック・オバマの姿は、たぶん私の年代のアメリカ人にジョン・ケネディとキング牧師を思い出させたことでしょう。

今日は大統領一般教書演説の日です。
一年後、今日を振り返って「あれは歴史を変える瞬間だったな」と思うかもしれません。

なぜ大統領選挙が重要なのか

アメリカではDishwasher(自動皿洗い機)がない生活なんて考えられません。
冷蔵庫の半分くらいの大きさで、カウンターの下にぴったりはめ込まれていて、普通はいったん設置したらちょっとやそっとで買い換えるものではありません。
ところがわが家の頭がおかしくなりそうにうるさい自動皿洗い機が突然死し、買い換えの機会がやってきました。そこで、以前から欲しかった静かなBoschを注文したのですが、これが想像したよりも大変なプロジェクトになってしまいました。注文した会社の技術者が古いGEの皿洗い機を取り外したところ水道管が飛び出していて、Boschのタイプは入らないということが判明。水道管を取り替える必要があるけれど、彼は配管工ではないからできないとのこと。そこで私がふだんお願いしている配管工に来てもらうことにしました。翌日忙しいスケジュールをなんとかやりくりして来てくれた配管工のダンはとても礼儀正しい青年で、技術もあるのだけれど、3時間ほどしてから「なぜか電気が通じない。配線に問題があるかもしれないけれど、僕の知識では無理だから電気技師が必要だと思う」ということで彼がよく一緒に仕事をする電気技師が翌日来てくれることになりました。
ところが一日待っても電話がかかってきません。
そこで私はふだん仕事をお願いしている電気技師のアレンさんに「SOS」の電話をしました。

このアレンさんのユニークなところは、(ワーキングクラスのイメージが強いアメリカにおいては珍しく)とても知的で、クリーンでグリーンなところです。
コーヒーや紅茶は避けて有機栽培の緑茶を飲み、自然にやさしい洗剤を使い、ソーラーパネルを設置しています。
「ソーラーパネルのビジネスのほうはどうですか?」と尋ねると、彼は大きくため息をついて、「パネルを設置すると政府から補助金が出るので、結果として設置費は1万2千ドル(約130万円)くらいになりますが、電気代の節約で元をとれるまでに12年かかります。そこでみんな設置をためらうんです。政府がもっと補助金を出してくれれば設置したい人は沢山いるんですよ。でも指導者が変わらないかぎり政策が変わることは期待できませんからね」と現在の政策の欠陥を詳しく教えてくれました。
「アル・ゴアが大統領だったら今頃はもっと沢山のソーラーパネルが設置されていたでしょうね」
私がそう言うと、アレンさんは熱意をこめて、「そうですよ。8年前にアル・ゴアが大統領になっているべきだったんですよ」と言いました。

2000年にアル・ゴアが大統領候補だったとき、リベラルを自負する若者たちがテレビで「誰が大統領になっても同じ」と皮肉を込めて語るのを見ました。でも、それは大間違い。イラク戦争だけでなく、環境に関しても政策がどのように人の将来に影響を与えるのかを学んだ会話でした。

レキシントン公立学校の音楽教育

昨夜、レキシントン公立学校冬期恒例の「オール・タウン・コンサート」にでかけてきました。
オール・タウンと言っても、音楽教育を受けている生徒が多すぎて全員を一度に集めることができなくなり、今ではいくつかのカテゴリーに分けて行われています。
昨夜は吹奏楽のパート1。町に6つある公立小学校のうち3校とそれらの卒業生が入学するダイアモンド中学校、そして町唯一の普通科公立高校レキシントン高校の吹奏楽団が演奏しました。今夜のパート2では、残りの小学校3校とクラーク中学校、そして高校の吹奏楽団だけが再度演奏します。高校が2度に分けて演奏するのは、小中学生たちに「将来は君たちもこんなに素敵な演奏ができるようになるのだよ」と印象づけるためです。

レキシントン公立学校では小学校4年生で弦楽器、5年生で吹奏楽器を希望者に教え始めます。そして中学校ではほぼ全員の生徒が音楽の授業として弦楽器、吹奏楽器、あるいは合唱を選択します。
小学校の吹奏楽団、中学校6年生の吹奏楽団、中学校7年生と8年生の合同吹奏楽団、というふうに学年で分けられていたものが、高校になるとオーディションで2つから3つの楽団に分かれることになります。

最高レベル(オナーズレベル)の「レキシントン高校吹奏楽団」は、MICCA(マサチューセッツ州指揮者協会)主催のフェスティバルで毎年金賞を受賞し、バークレー音楽大学主催のフェスティバルで1位、全米トップの吹奏楽団だけが招待されるディズニーのフェスティバルでフロリダへ遠征したりしていますが、さすがにオーディションは難関で、たったこれだけの生徒しかいません。選び抜かれた生徒の演奏はプロ並みで、ボストン・ポップのコンサートくらい楽しむことができます。(上手な子は本当に驚くほど上手です)
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オーディションを受けて拒否された生徒だけでなく、オナーズレベルになると毎日練習しなければならないから入りたくない(これは私の娘。楽器は学校に置いたままで家には持って帰らない)、という生徒もいます。そんな生徒にとっては、シンフォニックバンドに入るという手があります。
中途でLhs楽器を投げ出す生徒が少なかったのか、今年は120人を超える巨大な吹奏楽団になってしまい、ステージから溢れそうになっていました。
シンフォニックバンドで選抜された生徒による、コンサートバンドというのもあります。ここからまた新たに選抜された者(我が娘のようにやる気はあんまりないのだけれど、フレンチホルンという楽器が必要だから、というケースもあります)は、オーケストラも兼任します。

高校時代、音楽部(合唱団)に入っていた私にとって、複数の吹奏楽団、オーケストラ、合唱団、ジャズ・ビッグバンド、ジャズコンボ、アカペラ、マーチバンド、個人演奏、そしてミュージカル、と生徒の過半数が音楽に関わっている公立高校というのは心温まる存在です。

コンサートのスケジュールをごらんいただければ、どれほどこの町と公立学校が音楽教育に情熱を注いでいるかおわかりいただけるかと思います。
公立学校の資金のほとんどは町民の住民税でまかなわれています。
それを承知しているために、吹奏楽団とジャズを指導しているジェフ・レナード氏は、町民のための無料ジャズコンサートを毎年行っています。
そこには、車いすや杖をついてやってきた高齢者がいます。
レナード氏はコンサートの前に必ず「あなたがたのおかげで、このようにすばらしい音楽教育ができることを感謝しています」とスピーチします。
彼は、生徒から最も尊敬されている教育者でもあります。

MLK, Jr DayとPatriots

キング牧師の記念行事が無事終わりました。
レキシントン高校生が8人ボランティアとして私の手伝いをしてくれました。
6人は9年生(日本では中学校3年生の年齢)。でも、「お皿をあちらのテーブルまで持っていった方がいい?」とか「プログラムを2階の入り口で渡す人がいたほうがいいのでは?」など自らいろいろ考えて行動してくれたのが印象的でした。
年配の出席者たちは、若者がお手伝いに来てくれたのがうれしかったようです。
会の前後に高校生たちと会話を交わし、「若いのにしっかりした意見を持っている」と感心していました。

数年前から私が情熱を注いでいるのが、レキシントン町での「世代間交流」です。
レキシントン町には、「お年寄り」とはいえ、引退した大学教授(女性も多い)や元NASAのエンジニア、アーティスト、音楽家、などユニークな経歴を持っている人が多くて、なかなか濃い会話を交わすことができます。
彼らは、同じ年代とばかりつきあっていると「年を取る」と感じるようで、若者から新しいアイディアやエネルギーを得る機会を求めています。
子供たちにとっても、核家族が多いアメリカでは、高齢者から学ぶ機会がほとんどありません。
だから、異なる世代が同じ本を読んで感想を交わすプログラムや政治について意見を交わす機会をなるべく作ろうとしているのです。

今回のキング牧師のイベントでは、レキシントン高校生2人のスピーチもあり、町に住む異なる世代が交流できるよい機会でもありました。

たったひとつ残念だったのは、地元のプロフットボールチームのNew England Patriotsがスーパーボウルに出られるかどうかを決める大事な NFLのPlayoffゲームが3時から始まったことです。普通のフットボールのゲームがあるだけで通りがひっそりとするボストン近郊ですから、これほど重大なゲームとなると出席者が激減するのは明らかです。試合の時間が決まったときには、企画を立てた私たちは「会場がガラガラになるのでは…」と真っ青になってしまいました。去年よりはずっと少ない出席者でしたが、フットボールファンでありながら記念行事を優先してくれた方が多かったのは励みになりました。